裏話


11月も終わりに近づき、吐く息も白くなり始める、そんなある日。

この小さな商店街にもこの時期になると大きなもみの木が飾られ、 赤と緑のイルミネーションで彩られる。

商店街のスピーカーからはクリスマスソングが流れている。

そういった様々な事柄が、もうすぐクリスマスシーズンであることを告げていた。

「もうクリスマスという季節か……」

宗介はふとそう呟いていた。

ふうっと息を吐いて、もみの木を見上げる。

もみの木の頂上に、取り付けられた星がとても眩しい。

「そうねぇ。なんか最近は、色々と忙しいから時間の流れがとても早く感じるわ」

隣のかなめは寒そうに手を擦り合わせた。その何気ない動作がとても可愛い。

「こう時間の流れが早いと、気付いたらお婆さんになってたりして」

頬にしわをよせてかなめは言う。

「むう。……冗談にしては少々リアルすぎると思うが」

「あははは。ソースケ。そんなに早く時間は経たないわよ。忙しいのは確かだけど」

かなめは心底おかしそうに声を出して笑った。

「だけど、あたしはまだまだ元気よー」

「あまり無理をすると身体に悪いぞ」

「だいじょーぶ。大丈夫。ほら人間って楽しみにしているイベントがあると頑張れるじゃない?」

薬指のエンゲージリングをちらつかせる。 イルミネーションに照らされてリングがきらり、と光った。

だが、それに負けないぐらいにかなめは美しい。

「否定はしないが。……俺がいない間、君が無茶をしないか心配だ」

「曹長どのは自分の事を心配してなさい。これでもあたしは少尉なんだから」

研究部所属特務少尉であるかなめは、曹長である自分よりも階級が上だ。

階級の差を解りやすく会社でたとえるならば、その差は課長と平社員ぐらいある。

このことに関して宗介は少々不服だったが、まあ、上層部の決定なのだし仕方が無いと思っている。

かなめには自分にないモノがあるのだし、それに技術スキルは自分よりも上だ。

ぐりぐりー、と宗介の頬っぺたを掴む。

「しかし君は……」

「曹長、上官命令。どんな時でも生きて帰って。そしてずっとあたしだけを愛して」

びしっと指を突き刺してかなめは言う。とてもさまになっている。

「…………」

照れ隠しなのか宗介は鼻の頭を掻いた。

「そーちょ? 上官命令には復唱でしょ?」

「い、イエス、マム! いかなる場合も生還し、貴女だけを愛します」

「よろしい」

かなめはその返事に満足そうに頷いた。



「AI、B.E.T.T.Yのバグ修正完了したわよ。で何か手伝うことある?」

かなめはキーボードを人差し指で叩いた。

「ご苦労様。でも今のところは無いかな。RFの強度計算はわたしたちでやっておくから、カナメは休んでいいよ。
口では結構強がって言ってるだろうけど、結構疲れているでしょ?」

「大丈夫。まだまだやれるわよ」

「そう言ってて、何時間椅子に座りっぱなし?」

「4時間ぐらい……かな?」

「6時間でしょ? 無理して仮眠を取れとはいわないけど、 コーヒー飲むぐらいの軽く休憩は取ってきなよ」

「そそ、お肌に悪いわよー」

「22だからって過信していると……」

「はい、はーい千鳥少尉休憩にはいりまーす」

半ば追い出される形で、電算室を後にした。

「ふう……と言ったものの何かしてないと落ち着かないのよね」

首を締め付ける、うっとおしい制服の第一ボタンを外し、ネクタイを緩めて、ずずっとコーヒーをすする。

口にブラック特有の苦さが広がる。

「……ふう。それにしても暇ねぇ。ホント何にもすることないわね」

ぐぐっと身体を伸ばす。 こり固まりきっていた筋肉がほぐされて気持ちいい。

「あー……つまんない。暇だなぁ」

「暇なのは、あなたが満たされている証拠よ」

ぽん、と肩に手が置かれる。

「レミング中尉」

「デバッグ、ご苦労様。大学と研究部の掛け持ち……大変でしょ?」

「大学の方は卒論も出したし、後はもう卒業するだけです。勉強は楽勝ですし。

友達と遊ぼうにも卒論に追われていて捕まらないのが現状なんです。

もう暇でしょうがないのが現実でして、何かしていないと落ち着かないんです」

「ふうん……サガラくんとの結婚を控えているから……余計に?」

男性ならば、見つめられるだけでドキッとしてしまう、そんな妖艶な笑みをレミングさんは浮かべた。

「サガラくんも積極的になったわよねぇ……ねぇカナメ」

その台詞を聞いた瞬間、コーヒーを噴出してしまった。 危ない危ない。レミングさんにかからなくて良かった。

いやいや、そーじゃなくて。

「あ、あのその噂どこで聞いたんですか?」

「いま」

そう即答する。

「今って……あたし何も言ってないですよ?」

「そりゃ言って無くてもわかるわ。だってネックレスにエンゲージリングを通してあるじゃない」

げ。ホントだ。

急いで東京から来たからそのまま付けっぱなし。

ああ、だから電算室に入った時、皆、笑ってたんだ……。

「まさか言い訳で他人のもの……とかは言わないわね?」

そう言うレミングの目は知的好奇心に満ちている。

ううっ、レミングさんのいぢわる。

「そーですよぅ。これはソースケとあたしのリングです」

かなめはリングを握りながら拗ねた様に頬を膨らませた。



「そー、膨れないでって。わたしは素直に喜んでいるんだから」

「そうですかぁ? なんか純粋な好奇心じゃないですか?」

「そうね。それもあるかもしれないわ」

そう言ってレミングは窓から月を眺める。

漆黒の闇の中に金色の光を放ちながら、悠然と佇む月。

「だけど……純粋に嬉しいかな」

「……?」

「初めてサガラくんと会ったのは、もう6年ぐらい前になるのかな。とても彼は冷たい目をしていたわ。

幾多もの修羅場を抜けてきた歴戦の勇士、その目って言ったほうがいいかしら。

決して他人に心を許さない。とにかく彼は必要最低限の事しか話さないような人だったわね」

遠い過去を思い出すようにレミングは喋り始める。

「でもあたしがソースケと逢った時、そんな人間じゃ無かったですよ?」

むしろ何事も一生懸命に取り組んで、クラスのみんなとも頑張って打ち解けようとした。

クラスの男子とは良くつるんでいたし。

うーん。ちょっと考えられないなあ。

「それはマオやクルツくんの影響だと思うわ」

「あの二人の影響ってソースケにとって大きいですよね。信頼できる仲間って感じで」

「でも、一番サガラくんに影響を与えたのはカナメ。貴女よ」

「あ、あたしですか?」

「最近サガラくん、よく貴女のこと話すのよ。とても嬉しそうに」

「…………」

その言葉を聞いた瞬間、かなめは顔を完熟されたトマトの様に耳まで真っ赤に染めた。

「サガラくんね。幸せそうに話すのよ。カナメの料理はとても美味しいって、 笑顔を浮かべて、時には叱責して、時には励ましてくれる。

家族の温もりは知らないけれど。 これが温もりなのか……って」

「ソースケがそんなに……」

「電話してあげたら? きっと喜ぶわよ?」

「でもソースケは作戦行動中じゃ?」

「作戦行動中だけど。まだ、作戦開始までは、後1200秒余裕があるわ。大丈夫。
ガチガチに凝り固まっている彼に電話してあげなさい。 わたしはRFの作業に戻るから。無理しないようにねカナメ」

レミングはかなめにと通路の闇に去っていった。

うーん。どうしよう……。

電話してみようかなあ。

でも、やっぱり作戦前に電話すると良くないわよね。

えー、でもやっぱしソースケの声は聞きたいし。

もう解んないよぅ。

……そうだ、電話が繋がらなかったら諦めれば良いんだ。

そーだよね。繋がらなかったら仕方ないし。

「……電話繋がるかな」

かなめはポケットから暗号機付きの携帯電話を取り出して電話をかけた。

愛する人の元へ、その電話が繋がることを信じて。




「ふわぁわあー。あーだりぃー」

クルツは愛機M9のコックピットで大きく口を広げてあくびをし、実に緊張感のない声を漏らした。

とても戦闘前の兵士の言葉とは思えない。

「あんた何時間睡眠取ってるのよ?」

「えー、昨日は八時間ぐらいかな。いやあ、良く寝たよ。 うん。しっかし普通の海上艦ってのは揺れが激しいねぇ。
TDD−1は恵まれてるって思うぜ。 マジックテープで止めて寝るなんてやってらんねーよ。」

「海上での作戦行動じゃ無かったら、あんたの腰に回し蹴りが入っているわよ」

「そりゃラッキーだ。海上での作戦行動で良かったぜ」

「……まったく、あんたにもソースケぐらいの責任感が欲しいわ」

「おいおい、恐ろしいこと言うな。俺からこの明るさを取ったら何が残る?」

「馬鹿かしら?」

「ぐっ。このアマ……てめぇ今晩は俺の背中を引っ掻かせてやる」

「こ、この男は!」

騒がしい。

傭兵はもっと寡黙な男が多かったのだが。

宗介はコックピットの中で一人、スピーカーから入ってくる波の音に耳を傾けていた。

<サージェント・メジャー。サガラ通信が入ってます>

「相手は誰だ?」

<ふふふ、かなめ嬢ですよ。嫌ならば切りますが?>

「切るな接続しろ。切ったらお前のマザーボードを今すぐに叩き割るぞ」

珍しく怒気の混じった声で宗介は告げる。

<そう言うと思いましてね。ネゴシエート完了。接続完了しました>

「あ、ソースケ? 今、話をしても大丈夫?」

「平気だが。むしろ話し相手がいなくて困っていたところだ」

「良かった……」

「何か困ったことでもあったのか?」

「ううん。そんなこと無いよ。ただソースケと話をしたかっただけ。 今、ソースケが何をやっているのかなって思ったから電話したの」

「時差からすると、そちらは夜中か?」

「うん。あたしの担当の仕事は終わったんだけど、目だけは冴えちゃって中々眠れなくて」

ふわあー、とあくびが電話口の向こうから聞こえる。

「何かがあると眠れなくなるのは解るが、君一人の身体じゃないんだ。 倒れられると俺の心臓に悪い。しっかりと睡眠を取ってくれ」

「それを言うなら曹長殿だって……でしょ? 結婚したら修羅場を潜るのは止めて欲しいなあ」

可愛らしく、そして意地悪にかなめは宗介を問い詰める。

「む、むう……」

「冗談よ。解っているわ。ソースケがその仕事に誇りを感じているのも。やりがいを感じているのも。

あたしはあなたの信念に口出しをするほど嫌な女じゃないわよ」

「すまない。君にはいつも頭が上がらないな」

「本当にそう思っているんだったら、無事に帰って来て」

「ああ。……悪い。そろそろ作戦開始時刻だ」

「それじゃ。気を付けてね。愛しているわ……」

「俺もだ。愛しているかなめ」

<通信切断。いやあ、実にお熱い会話でしたね。曹長?>

『会話は一部始終聞いてたぜ。ソースケ』

『いやん。もうソースケったら。”愛しているかなめ”ってマオお姉さん嬉しいわ』

『まったく羨ましいぜ。ウルズ7』

『もう新婚夫婦って感じよねえ』

『ファング3が泣いているぞ?』

『このレディース・キラー。羨ましいじゃねーか』

電話が切れるなり、通信が殺到する。

クルツの言葉からすると、この会話を一部始終聞いていたらしい。

その嫉妬からか、ただの野次馬根性からなのか。開かれているメッセージウィンドウは20を超えている。

正直言って、電子戦能力の低いこの機体でこれだけの通信を捌けているのは奇跡的としか言い様が無い。

……アーバレストの通信機能を壊すつもりだろうか?

とりあえず、通信機能を守るために全通信を強制的に切った。

「アル……。この作戦が終わったら再セットアップだな」

<そればかりは勘弁してもらいたいですな>

「それが嫌ならば、戦闘時の必要な会話以外喋るな」

<仕方ありません……了解。曹長>

アルが切れたことを確認すると、宗介はメインモニターの下に張られた写真に目をやった。

写真に写っている女性は、一人の男性(自分)と肩を組んでこれほどにない笑顔を浮かべている。

真夏のひまわりの様に、さんさんと光をもたらす太陽の様に。

その笑顔は眩しい。


「必ず俺は生きて帰る。俺と君との約束だ……」


自分の生を確認するように、汗ばむ手で操縦桿をぎゅっと握り締めた。 ベルの音はもう近い。








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