ざざーん、ざざーん。

遠くからさざ波の音が聞こえる。柔らかで、なんとなく懐かしい音。

真っ青な空から降り注ぐ日差しを受け止めるように、ん〜って大きく伸びをする。

「んーっ、いい天気、ですっ」

日差しも強いし、海に行くには持って来いの天気。

「いやぁ、いい天気ですねぇソースケさん。もうなんていうか日差しを浴びてるだけで元気になっちゃったりしちゃいそうですよ。ね、ね?」

「……妙に元気ですね」

「だって嬉しいんですもん」

にこって笑う。今年は夏が寒くってあんまり外にも出れなかったし。

それに……

「えへへ……」

「……どうしたのですか、テッサ。急に笑い出して」

「なんでもないですよ」

くるって振り返って、満面の笑みを浮かべて言ってあげる。

「いえ、しかし……」

「相良くーんっ、テッサちゃーんっ! 何してるのーっ!?」

海岸から恭子さんの声が聞こえてきた。少し待たせすぎたみたい。

「今行きますー。……ほら、行きましょう、ソースケさん」

「了解」

きゅっ。

「む……」

「どうしました?」

「いえ……」

手をつないだまま、ちょっと困ったみたいに口ごもるソースケさん。ふふ……

「それじゃ、行きましょうっ」

「りょ、りょうか……うおっ」

「あははっ」

ちょっと腕を引っ張ってあげるとバランスを崩すソースケさんが、なんだか面白くって。

二人で手をつないで、たって青空の下走り出す。

それに、こんな風に普通の恋人みたいに過ごすのが夢だったから、すっごく嬉しいんですよっ。























常夏のシーパラダイス





















わたしとソースケさんが一緒に暮らし始めるようになってから、そろそろ一年ぐらい経つ。

その間色々あった。セーフハウスを引き払って新しい住処を探して、不器用だけど大学生活なんかも始めて。色々ソースケさんが起こす事件でかなめさんと一緒に頭悩まされたりして。

そんなことをやってたら、あっという間に一年が過ぎて。

今日は、大学の夏休みということもあって高校の頃からの知り合いの美樹原さんの誘いでみんなと一緒に美樹原組のプライベートビーチに来たんだ。















「うわー、きれいな海ーっ」

「ほんとね、ちょっと暑いぐらいだけど」

「暑いぐらいが丁度いいんですよ」

うだるような暑さ――というほどじゃないけど、照りつく日差しが暑くて気持ち良い。

ざざーん、って海が奏でる音楽がどことなく心地良い。

「それにしても、びっくりしました。日本でプライベートビーチなんて」

「ふふ、昔の名残ですよ。美樹原組が羽振りのよかった頃の」

「そうなんですか?」

「ええ、そうなんです」

青のビキニと腰にパレオを巻いた美樹原さんがしっとり微笑む。その笑みがすごいきれい。

おまけに……

じーっ。

「? テッサさん、わたしの顔はもう少し上ですけど」

「……うぅー」

「……どうかしましたか?」

「……なんでもないです。ただ、ちょっと敗北感が……」

うぅ、なんであんなにないすばでーなんでしょう。かなめさんも美樹原さんも。

自分の胸元を見下ろしながらはぁ、ってため息をつく。ちなみにわたしは白のビキニ。ちょっと大胆にいったつもりなんですけど……うぅ、なんか自信が。

「テッサさん」

「は、はい?」

「大丈夫ですよ、そのうち大きくなります」

「な、なんで考えてることわかるんですかっ」

「それはもう、さっきからものすごいぐらいじーって凝視してましたから」

うふふって微笑みながら言う美樹原さん。

「でも、テッサさんはちゃんと大きくなると思いますよ、わたしは」

「……なんでそう言えるんですか」

じとーって恨みがまし気な目で見ながら告げる。分けて欲しいくらいですよ、ほんとに。

「あら、だって」

そこで、かぶってた真っ白な帽子を脱いで口元に持っていく。うふふって笑いながら、

「テッサさんには、相良さんがいるじゃないですか」

「な、なんでそこでソースケさんが出てくるんですかっ」

「ほら、昔から言うじゃないですか。胸っていうのは――」

こしょ。

ぼんっ!

「あ、ぅ、あ……」

「あらあら、風邪ですか、テッサさん」

「み、美樹原さんっ! 変なこと言わないでくださいっ!」

うぅ、顔が熱い……絶対真っ赤になってます。

「あら、だって事実じゃないですか。こう、もみもみと」

「だ、だからって……ていうかなんですかその手つきはっ!」

「うふふ、なんでしょう」

「み、美樹原さんっ!」

顔を真っ赤にして叫ぶけど、美樹原さんはそのままうふふって笑って歩いていっちゃう。

「もう……好き勝手言って……」

一人になってぽつりと呟く。大体、わたしはまだそんなこと……

でも。

ふと思いつく。もしかして、そういう関係になったらそんな風に……

「それもちょっと嬉しいかなー……じゃなくってっ」

ぶるんぶるんって首を横に振る。

そ、そんなこと絶対頼めません。恥ずかしすぎます。

でも、それで大きくなるんなら……

ちょっと自分の未来を想像してにへらって笑みを浮かべそうになる。と、

ぽんっ。

「ひゃあぁっ!?」

「……何を驚いてるのですか、テッサ」

「あ、そ、ソースケさんっ、荷物運びお疲れ様ですっ」

わたわたと意味もなく慌ててから、なんとなくぴしって敬礼なんかしてボクサーパンツ姿のソースケさんに言う。

「ええ。それにしても……む?」

じー。

「な、なんですか」

急に見つめたりして。ていうか、ちょ、は、恥ずかしいです……

「テッサ、顔が赤いですが」

「へ?」

「風邪でもひいたのですか。少し、熱を……」

「い、いえっ、大丈夫です、わたしは健康体ですっ」

わたわたと手を振る。まさか変な想像してたら顔が赤くなりました、なんて言えるわけない。

「しかし……」

「ほ、本当になんでもないんですっ」

た、ただ、変なこと美樹原さんに言われただけで。

と、そこでまたさっき言われたことを思い出しちゃう。ソースケさんに……

かぁ〜っ。

や、やだ。ものすごいぐらい顔熱くなってきた……

「テッサ……? なにやら尋常じゃない赤さになってませんか? テッサ?」

「い、いえ、大丈夫ですっ。あの、わたしっ、一泳ぎしてきますからっ」

これ以上向かい合ってたら恥ずかしさで変になっちゃいそう。わたしはぺこりと大きくお辞儀すると、ぐるんっ! て180度回転してそのまま海に……

「テッサ。砂場は走るところ……」

ずるっ。

「ひゃ……あぁぁっ!?」

ずしゃ〜〜っ。

「……ぶと言いたかったのですが」

「も、もうちょっと早く言ってくださいよぉ……」

うぅ……鼻がすっごく痛いです。

「いや、まさか本当に転ぶとは思わなかったので」

「……うー」























「さて、それじゃすいか割りといきましょうか」

「はぁ」

「というわけで、来なさい、テッサ」

「あの、なんでわたしなんですか」

青のセパレードを着た妙にハイテンションなかなめさんに言う。そもそもわたしルール知らないんですけど。

「だって、テッサすいか割りってやるの初めてでしょ? だったらやるに限るって」

「……そうなんですか?」

「そうなの。はい、目隠し目隠し。キョーコお願い」

「はーい。じゃ、いくよーテッサちゃん」

向日葵色のビキニを着た常盤さんがにこにことハチマキ片手に近寄ってくる。

きゅっ。

「わっ」

「はい、そんでもって、まわすー」

くるくるくるくる……

「わ、わっ……」

「で、十回転したらスイカにごーよ、テッサっ! ごーっ……って、あれ?」

ぺたん。

「? テッサー? どしたのー?」

目隠しをとってくれたかなめさんがわたしの顔を見つめこみながら聞く。うぅ……

「き、気持ち悪い、です、ぅ……」

「……あんたね」

あきれたようにかなめさんがため息をつく。うぅ……だって、しょうがないじゃないですか。あんな風にくるくる回されて。

「あの……まわすのなしで、もう一回いけません?」

「あー、はいはい。それでいきましょ。じゃ、目隠しするわよー」

「はい……」

ぎゅっ。

「よし、それじゃ、相良くん、手叩いてっ!」

「了解。……テッサ、こちらです」

ぱんぱん。

「テッサ、少し右よ右っ!」

「違うよ、もう少し左っ!」

「テッサさん、そこで一回転など」

「よ、余計なこと言わないでくださいっ!」

もう……

心の中で呆れながらも、でもなんだか楽しくって笑みがこぼれる。もう一回、ソースケさんが手の叩く音に集中して、とことこ歩いていく。

ぱんぱん。

「そう、そっちそっちっ!」

ぱんぱん。

「テッサちゃんっ、ちょっと右っ!」

ぱんぱん。

「後はまっすぐ。後ちょっとですよ」

ぱんぱん。

「そう、そこっ! いけテッサっ! 思いっきりっ!」

よーし。

ぐいって、持ってた棒を振りかぶる。せー、のっ……

がつんっ!

「やった、手ごたえありっ!……って、あれ?」

なんか、妙に手ごたえが硬かったような……

なんだか嫌な予感がする。恐る恐る、そーっと目隠しを外してみる。と、

……あ、やっぱり。

そこには、頭に大きなたんこぶを作って倒れてるソースケさんの姿があった。























しゃくしゃく。

「すいません……。あの、大丈夫ですか、ソースケさん」

「ええ。それほど威力があったわけではありませんから」

しゃくしゃく。

「……それって、わたしが非力だって言いたいんですかー?」

スイカを食べるのをやめてむーって唇を尖らす。そりゃあ、わたしは運動音痴ですし力もないですけど……

「まあ、そういうことです」

「……むー」

「そううならないでください、テッサ。それに、別に非力でも問題はないでしょう。あなたは戦士というわけでもないのですし」

「……そうですけどー」

せめて、自分を守れるくらいは強くいたいです。

棒で思いっきり叩いても倒せなかったってことになるんですし……

「……テッサ」

「なんです……ひゃっ」

ぐいっ。

急に肩に手を回されてちょっとバランスを崩す。ちょっと顔を上げるとソースケさんがなんだか真面目な顔をしてわたしのことを見てる。

「あの……ソースケさん。わたし、すごい恥ずかしいん、ですけど……」

とくんとくんって心臓が鳴る音が聞こえる。あ、あの、なに、急に……

しばらく、ソースケさんは何も言わなかったけど、しばらくしてぽつりって呟いた。

「……君は、俺が守る」

「え……?」

「だから、無理して強くなる必要などない」

「…………」

え……っと。

なんとなく、ソースケさんの言いたいことがわかってくる。多分、わたしのこと気遣ってくれたんだと思う。不器用だけど、それなりに。

それは、すごく嬉しい。

「わかり……ました」

でも……

「でも……ずっと守られてばっかなんか、嫌です」

上目づかいにソースケさんのことを見ながら言うと、ふって笑ってくれた。そして、

「……そうですか?」

「ええ」

「なら、いつか、自分が訓練でもつけましょう」

「……ほんとーですか?」

「ええ」

ふってソースケさんが笑う。そして、

「ぁ……」

頬に手を回されて、ちょっと驚く。そして、

「ん……」

唇を重ねる。子供みたいに重ねあわせるだけど、あったかくて優しいキス。

唇を離すと、ソースケさんがわたしのことを見てた。うぅ……ちょっと、恥ずかしいです。

ぽふっ。

「……ソースケさん」

一番大好きな人の温もりをかんじながら、ちょっと甘えるみたいに声を出す。なんだか……

「なんでしょうか」

「なんだか、夢みたいです……」

「何がですか」

「全部、です」

こんな風に、幸せな日常を過ごしてて。

大好きな人と一緒にいれて。

どこにでもあるような幸せ――でも大切な幸せをかみ締めて生きていて。

「……全部、夢見たいです」

「……現実ですよ、これは」

小さく不器用に、でも精一杯に微笑んで、一番大好きな人が言ってくれる。

「あなたと、こうやって生きてるのも。この温もりも。全て……」

「……なんか、その言葉、ソースケさんらしくないです」

「……変ですか」

「変です。超変」

「む……」

「ふふ……」

笑って、ソースケさんの方を見る。

「でも……」

そう呟いて、ちょっと不意打ち気味に。

ちゅっ。

「なんか、そういうソースケさんも、ちょっと嬉しいです……」

「……そう、ですか」

「ええ、そうです」

そこで、ふふって笑いあう。んーって伸びをして敷いてあるシーツの上に横になる。

良い天気……

波の声が聞こえる。遠く、真っ青な空の上を真っ白な大きな入道雲が流れていっている。

と、そこで。

「むー、むーむーっ!」

「それで、どうですか。常盤さん」

「うん、良い写真撮れたよー。こんなのとか」

「あら、これは。ばっちりですね」

「うん、すごいでしょ」

…………

がささ。

『あ』

「……なにしてるんですか」

ぼうっとしてて周りの音が耳に入ったおかげでやっと気づいた。草葉の後ろで色々やってたらしい三人がわたしの方を見てうふふって笑ってる。

「うふふ、テッサちゃんらぶらぶだねぇ。良い写真取れちゃったよー」

「ず、ずっと覗いてたんですか、もしかしてっ!?」

「うん。途中でカナちゃんが飛び出しそうになったけど」

「むーっ、むーむーっ!」

「ごめんなさい、千鳥さん。でも、少し待っててくださいね」

「いやぁ、にしてもすごいねっ! もうこんな写真とか取れちゃってっ!」

ばっ!

「ふふ、だーめだよー」

「だ、だめじゃないです! 返してください! そんなの見られたら、わたし恥ずかしくって死んじゃいます!」

「えー、いいじゃない別に。減るもんじゃない」

「せ、精神的に減るんです! 返して!」

「ダメだよっ」

とたたっ。

「と、常盤さんっ!」

「大丈夫だよ、他の人に見せたりしないからーっ! あと、現像したらテッサちゃんに送るからねっ!」

「そ、そんな世話しないでいいですからっ! とにかく返してーっ!」

「あらあら、元気ですねぇ、二人とも」

「そうだな」

「むーっ、むーっ!」

すぐ近くでソースケさんと美樹原さんが笑いながら無責任にそんなことを言っている。

「と、常盤さん、待ってくださいよーっ!」

「うふふ、やーだよーっ」

どたどたと、まだ夏の香りが残る浜辺を駆け抜けていく。

なんでか、楽しくってたまらない。こんな毎日がずっと続いていけばいいのに、って、心の底で不意にそう思って。

「と、常盤さんってばっ! 待ってくださいっ!」

「やーだよっ!」

高い、高い空の下。夏の浜辺に、笑い声が響いてた。























「とまあ、そういうことがありまして。それがこの写真なんですけど……」

「へぇー」

「……なんですか、祐介。その妙に感心したような声」

「いや、母さんにもそんな時期あったんだなーって」

「……それってー、どういう意味ですかー?」

「いや、だってさ。今は誰の目の前でも構わずやってるじゃん」

「そ、そんなこと……」

「ないの?」

「……うー」

「あははっ」

「祐介、意地悪ですよ……」

「ははっ、たまにはいいじゃん。いっつもからかわれてばっかなんだしさ」

「……あ、不破さん」

「へ? どこ――」

ちゅっ。

「か、母さんっ!」

「うふふ、油断大敵、ですよ」

「だ、だからって……」

「あははっ、祐介トマトみたいー。かわいいー」

「母さんっ!」

顔を真っ赤にしてる可愛い息子を見て、くすくすと笑みがこぼれて。

ああ、今わたしは幸せなんだなって、不意に思えて。

昔からじゃ考えられないぐらい、幸せに生きてるんだな、って思えて。

「祐介」

「……なにさ」

「大好き」

「な゛っ……」

「あははっ、やだー、すごい顔赤くしてる」

「か、からかわないでよっ!」

顔を赤くする祐介が面白くって。くすくす笑いながら、ソファーの背もたれに寄りかかる。

開け放たれた窓。風にゆられてカーテンがぱたぱた揺れてて、そこから少しまぶしいぐらいの夏の日差しが入り込んできてる。

「……なんだか、海行きたくなってきちゃった」

「勝手に行って来れば」

「あー、祐介付き合い悪いですよ。行きましょうよ、明日。ね」

「あのねぇ……俺明日夏期講習」

「いいじゃないですか、そんなの。親公認ですから休んでも。ていうか命令。行きましょう、明日。なんなら不破さんも連れていきますから」

「な、なんでそこで不破さんが……」

「うふふ、なんででしょう」

「母さんっ!」

「きゃあきゃあ。怒っちゃいやですよー」

「うっさーいっ!」

どたどたと一人息子に追いかけられる形でリビングを走り回りながら、窓の向こうの空を見上げる。

高い、高い空。あの時の蒼さをそのままに、空は私たちを包み込んでいた。























おわり。







Written By 東方不敗
2003/09/18


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