桜樹の下のキープ・プレイス

 

 

「あ〜、欝だわ……」

 小春日和と表現して良いような朗らかな陽気の下、ヒロインであるはずの千鳥かなめは落胆したような表情と足取りで、とぼとぼと歩みを進めていく。

 いつもなら寝起きのためと言えばそれまでであるのだが、本日の彼女は早起きして作った弁当を重箱に包んでいるため、そういう理由であることはまず考えられない。

「か……かなちゃん、せっかくのお花見なんだから……楽しく行こうよ」

 かなめの隣を歩く常盤恭子は彼女の様子を見てそう呟いた。

「せっかくの花見だからよ……あ〜、うかつな自分の思考に腹が立つ!」

 本気で悔しそうに頭をかきむしるかなめ。もはやヒロインの可憐さやらそんなものは微塵も残っていない。

「ま……まぁ……相良君ならきっと良い場所をとっといてくれるよ……いろんな意味で……」

 こめかみに汗をたらして、引きつった笑みを浮かべながら、恭子はまあまあとかなめをなだめた。

 それで一応は理性を取り戻したようで、しかし幽鬼ののような足取りはそのままで、再び歩みを進め始めた。

 

――発端は数日前にさかのぼる

「お花見するわよ!」

 春うらら。昼休みの開始直後に教壇に仁王立ちし、昔の熱血スポーツ漫画よろしく、目から炎をほとばしらせてかなめは声高らかに宣言した。彼女は基本的に御祭り人間である。桜の舞い散るこの季節。その下で呑み食いしないのは、むしろ冒涜であると言わんばかりの勢いだ。

 その勢いに恐怖してかどうか知らないが、ともあれ賛同したクラスメイトたちに、かなめは次々と役職を振り分けていく。元々仕切り能力の高い彼女だ、あれよあれよと言う間に係りが決まっていく。

 そして数分後。

 あらかた決定した後、かなめははっとして何かに気がついた表情を浮かべる。

「場所取り……忘れてたわ……」

 御花見における場所取り。それは最重要課題の一つであると言っても過言ではない。いかに美味な料理や気の良い友人が集まろうとも、『花見』であるからには『花』が見れなくては意味が無いのだ。メインを欠いてはすべてにおいて失敗したともいえる。『場所取り』はそのメインを担う仕事なのだ。

「必要な能力は……長時間同じ場所に居続ける忍耐力……かつ、いざと言う時に他の場所取り係と争うことも辞さない、胆力と精神力……」

 ぶつぶつともらすかなめ。生憎、普通の高校生どころか、一般の人でさえそんなスキルを求めるのは難しい。

 しかし、かなめの視線は吸い込まれるようにある一点――詳しく言うならば教室の後ろのほうで、カロリーメイトを咥えながらパソコンを打っている男――に焦点が合わされた。

「……いた……」

 知力、体力、時の運……ではないが少なくとも、彼女の目にはその男が限りのない逸材に見えたのだ。

「ソースケ!」

「む……どうした、千鳥?」

 きょとんとしたような表情で応える相良宗介に対し、やけに仰々しい笑みでかなめは一言のたまった。

「あんたに任務を授けるわ」

 

 

――回想終了

「余りにもハイになりすぎて……ソースケの利点しか見てなかったのよ……絶対に何か妙なトラップを仕掛けるに決まってるのに……」

 げんなりした様子でとぼとぼと歩くかなめ。

「そんなに心配ならかなちゃんも一緒に場所取りすればよかったじゃない……」

「それがね、あいつったら『君に与えられた任務だ、全力で遂行しよう。大船に乗ったつもりでいてくれ』なんてすごく真剣な目で、言ってくるんだもん……」

 唇を尖らせて言うかなめに、恭子のメガネがきらりと光った。

「ふっふ〜ん……かなちゃん……」

「な……なによ……ほら、恭子もう着くわよ!」

「はいはい……」

 面白そうに笑みを浮かべながら、慌てた様子のかなめに続く恭子。

「一応桜の木の真下が良いって言っておいたけど……」

 多少不安をにじませながら、まぶたの上に手をかざして宗介らしき姿を探す。

「って……え?」

 宗介の姿は確かに捕らえたものの、そこには見覚えのある金髪と銀髪と黒髪が座っていた気がしたのだ。

「ま……まさかね……」

「どうしたのかなちゃん?」

「いや……あそこにいるみたいだから、行ってみようか恭子」

 そう言ってずんずんと進み、現場に到着した時にかなめの膝はがくんと崩れ落ちた。

「よ〜、カナメ」

「先にやってるわよ」

「御久しぶりです、カナメさん、キョウコさん♪」

「あ〜、テッサさん。こっちに来てたんだ〜」

 うれしそうに銀髪の少女に駆け寄る恭子。そこにいたのは、ソースケの同僚ならびに上司の三人。クルツ、マオ、テッサ。宗介とともに、その場で料理をつまみ飲み物を飲んでいた。

 

「……で? あんたにしては何事もなく場所とってたことは褒められるとして……説明くらいはしてくれるわよね?」

 他のクラスメイトや友人も集まり本格的に宴が始まった後、かなめは宗介を端まで引っ張ってこのようなことを尋ねた。

「うむ……場所取りというものについてクルツに尋ねたところ、『俺も行く! 日本の桜が恋しい!』と電話口で叫んでな。数日後には何故か大佐殿とマオも連れてこちらに来ていた」

「……あいつらしい……」

 軽く頭をかかえて、かなめは唸った。

 因みに件の三人の動向は、テッサは顔を真っ赤にしてふらふら(どうやら、クラスメイトから再会を祝してお酒を飲まされたらしい)、クルツは女学生と楽しげに話し、マオはビールをかっくらってやや頬を朱に染めている、と言った具合であった。

 その光景を見て(クルツのところでは少々顔をしかめたものの)かなめはふっと優しげな笑みを浮かべた。

「まあ良いわ。人数は多いほうが楽しいし。それに……桜をじっくり眺めるのは初めてでしょう、ソースケ?」

「確かに……このようには見たことなかった」

 ぶっちょう面で応える宗介に対し、かなめは楽しそうに笑みを漏らしながら尋ねる。

「で、感想は?」

「……思ったよりも楽しいものだ。感謝する千鳥」

「ん、よかった。さあ、騒ごうか。せっかくだからね」

 そう言うと、かなめは宗介の手を引きみんなの輪の中へと戻っていった。

(終)

 

 



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