Remember, remember







そこは昼休みも中盤にさしかかり、校内の空気そのものがどことなく気だるげな雰囲気漂う一般的なニッポンの高校。

そんな「ごくふつうの学校」で、その安穏とした空気をぶち破るがごとく――

ドカン!!


猛烈な爆音が唸りビリビリと空気を震わせて、それと同時に何かが勢いよく弾け、絹を裂くような女の悲鳴も同時に聞こえてきた。


まわりにいた生徒達は「何が起こったのか」と一時騒然となるが、爆心地付近にいた二人の生徒の顔を見て(またか)というような表情に変わり、とたんに無関心となりその場を立ち去っていく。

あとに残された二人の男女「相良宗介」と「千鳥かなめ」は、互いに爆破の影響を受けて体中ススと埃だらけという有り様で立ち尽くしていた。



「千鳥、大丈夫か」

「だいじょうぶじゃない」

「怪我は」

「・・・ない」


髪は乱れ、顔も手も脚も薄汚れたかなめが、虚ろな瞳で宗介を見つめている。
対する宗介も見た目は同じようなものだが、特にそれを気にした様子も無い。うっかり転んで汚れてしまったとでもいうような風体で、けろりとした涼しい顔をしているせいか、たった今かなめの制止も聞かず「廊下の隅に置かれていた怪しいダンボール箱」を爆破させた人物とはとても思えない。




それでも、彼はかなめの様子を見て、妙な汗を額に浮かべつつ弁解を始めた。

「この場合はだな・・・その、ここは運良く天井が高く広い廊下であるわけだし、うかつに動かすことが出来ないならばやはり爆破して安全を図るのが一番効率が良―」

「そんな理屈、通るかー!!」


宗介の言い訳を遮って、彼女はどこからか勢いよくハリセンを取り出し、大きく振りかぶって―・・・その場にぺたんと座り込んでしまった。

これまでの経験上、容赦ない説教と折檻を覚悟し受け身の体勢で構えていた宗介は困惑して首をかしげた。


「千鳥?」

「うっ・・・」

「どうしたんだ」

「うぅ・・・情けなくて・・・」

「ち、千鳥?!」


どういうわけか、彼女が得意のハリセンをぶん回す勢いを無くし、泣き出してしまったのだ。
ぎょっとした宗介は慌ててしゃがみこみ、彼女の顔を覗き込んだ。

宗介の胸中ではすでに、叱られる度に毎度考える(何故また、こんなにも彼女は怒るのだろう?)というささやかな疑問が一気に吹き飛び、こんな風に突然彼女が泣き出すのを見るのは初めてでは無かったが、それでも泣かせてしまった罪悪感でいっぱいになっている。



「ふぇ・・・うぅっ・・・」

「悪かった。俺が悪かった」

「ぐすっ・・・」

「すまん」

「うっ・・・うう・・」

「土下座した方がいいか」

「そんなんしてもらったって・・・あたしのこのやり場の無い哀しさは拭い去ることが出来ないのよっ・・・ぐすっ」

「・・・・・・・・・」

かなめは右手をすっと上げると、廊下の突き当たり目掛けて指差した。


「あれを見なさい」

「何だ」


宗介が首を回して向いた廊下の突き当たりの壁には、ごてごてとした装飾のフレームの大きな鏡が掛けられ、その鏡面にはうっすらと『陣代高校同窓会寄贈』とプリントされている。

かなり古ぼけていて、いたって現代的な学校には似つかわしくない不気味な雰囲気を漂わせていることを除けば、何の変哲もない普通の鏡だ。


「かなり古い鏡だが・・・もしや噂の、陣代高校七不思議の三番目『霊界への入り口』と言われているあの鏡か!?」

「うわっそれ初耳・・・じゃなくて!!映ってるでしょ、あたしが」

「それはそうだ」

その鏡の真ん中には、しゃがみこんだ二人の姿が映し出されている。
爆破ですすけた姿をこの上なく明確にはっきりと。


「あんな真っ黒な顔して・・・」


鏡の中の自分を見て、またもやかなめはシクシクと泣き出した。


「何で爆破した張本人よりあたしの方が汚れてるのよっ・・・」

「それは君が、無駄だというのに止めようとして不用意に近付いたからであって―」

「もーやだ!!情けない・・・ぐすっ」

「もう泣くな、千鳥」

「ふぇっ・・・いやだよもう・・・」

「千鳥・・・いや、その、本当にすまなかった・・・」

「豊かな青春を送るはずの高校で、大勢の人がいるところで普通じゃ到底ありえない爆発に巻き込まれて、こんな真っ黒のススまみれになるなんて・・・情けないし・・・前にも思ったけど、あたしの青春なんてこんなもんなのね・・・うぅっ。それにあの爆風に煽られて、大勢の人の目の前でスカートめくれてゼッタイぱんつみられてるわっ・・・こんなんじゃ『恋人にしたくないアイドル』とか『恋人にしたくない贈呈品イーター』どころじゃなくて、『爆風ハレンチ学園☆電波ガール』よ!恥ずかしくて、もうお嫁に行けないっ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


かなめは宗介の謝罪の言葉にも耳を貸さず、荒ぶる感情のままに一気にまくしたてた。
その最後の一言を耳にした宗介の身体が、一瞬ぴくりと動く。


「うぅっ・・・」

「それは・・・困ったな・・・」


急に宗介は、落ち着かない様子で体をそわそわとさせてあたりを見回し始めた。
額には汗が浮かび、うっすらと頬を赤らめている。


「どーしてくれんのよっ・・・うぇっ・・・」

「あー・・・その、なんだ」

「・・・・・・?」

「な、なんというか」

「なによ?」

「あ、いや、その・・・」


かなめに睨まれて、宗介は気まずそうに視線を逸らす。
やがてぐっと息を呑みこむと、少々口ごもりながら喋り始めた。


「も、もしも、だな。今後これに類するような事柄が要因で君に嫁の貰い手が無くなったら、えー・・・あー・・・」


そう、あとひといきだ。
これならばごく自然に言える。ここで言うしかない。
ファイトだサガラ軍曹!
今だ、GO!GO!!

「君さえよければ、なんだが・・・」

彼は自らの頭の中に響く<天の声>に励まされ、なみだ目できょとんとしたままの彼女の両肩に手を置き、あくまで低く冷静な声でキメのセリフを発した。




「俺が責任をとって・・・君を貰っ――

「きゃあああぁぁぁぁぁぁ!!!」





――丁度そこで。

このうえなくタイミングがいいところで・・・
宗介の重大発言を遮るように、突然背後から甲高い女の悲鳴が響き渡った。




*



一瞬ふたりとも目を見合わせたままぽかんとし、数秒後宗介の身体の向こうに視線をやったかなめが、涙を浮かべたままどこか冷めた瞳で再び宗介を睨む。


宗介が恐る恐る振り返ると、その場の惨状に絶句し、体を震わせた担任教師の神楽坂恵里が真っ青な顔で立っていた。


「ここここの、何か爆発でもしたような跡はいったい何なの!?相良くん?相良くんなのねっ!?」

「はっ先生、ご安心を。この場にあった不審な箱は自分が適切に処理致しました」

「ま、ま、ま、まさか!!!私がここに置いておいたダンボール箱のことを言ってるの!?いいえ、違うと言ってっ」

「・・・先生が置かれたかどうかは存じ上げませんが、自分が爆破したのは確かにダンボール箱です。そう、赤マジックで大きく『ERI☆MY LOVE』と書かれた」

「いやぁぁぁぁぁ!!」

「どうかされましたか」


恵里はぶわっと目に涙を浮かべてその場に座り込み、手で顔を覆いわんわんと泣き始めてしまった。


「どうもこうも・・・そ、それはね・・・私がこの学校に勤めてから・・・それは大切に大切に使ってきた思い出の品々が入っていたの・・・!それに、初めて副担になったクラスが卒業したときに生徒にもらったものとか、そ、それから水星先生からいただいたスケッチとか・・・ それを今日整理して持ち帰ろうと思っていたところなのよ!!」

「はぁ」

「それがたった10分・・・目を離した隙になんてことなの・・・」

「ですが先生、物品を置くことが禁止されている防火扉の前に箱が置かれておりました。あまりに不審であったため、即座にチェックを行ったところ中から怪しげな電子音が―」

「わかってる、わかってるわっ!あなたのような生徒がいるこの学校でこういう物は放置してはいけないって・・・でも突然校長に呼び出されたんだから仕方がないじゃない・・・最近、やたらと私に風当たり強いし、すぐにいかないと嫌味の嵐だし・・・ううっ・・・」

「はぁ・・・」


さすがに担任教師に対する慰めの言葉は見つからず、宗介は困った顔で泣き伏す恵里を見下ろしていた。


「では、先生。今回は運が悪かったと思い諦めて―」


ズバンッ!!


突然、背後から猛烈な一撃をくらった宗介は廊下に顔面から叩きつけられた。


「ぐはっ・・・」

「勝手なこと言ってんじゃないわよ!この非常識ヤローが!」


廊下でうずくまる宗介のすぐ傍で、相変わらずすすけた格好の千鳥かなめが、泣き顔から鬼のような形相に変わって、大きなハリセンを持ってその場に仁王立ちしている。


「千鳥、痛いじゃないか」

「フン。先生?大丈夫ですか?」

「うぅ・・・千鳥さん・・・」


宗介の抗議には耳を貸さず、かなめは恵里に向かって優しげな声を掛けた。


「あなたもひどい格好で・・・怪我はないの?」

「ええ、ちょっと爆風に煽られて、制服と顔と髪と輝かしい未来がほんのすこーし穢れたくらいですから。全然たいしたことないです。全く。本当に」

「ち、ちどり」

「このバカはほっといて、保健室に行きましょう先生。あたしもこの格好どうにかしないと」

「ごめんなさいね千鳥さん・・・私、頼りなくて・・・こんなに取り乱して・・・」

「いいんですよ。先生は全っ然悪くないんですから」


かなめは恵里の肩に手を添えると、宗介の方を向きギラリとした目つきと底冷えのする声で、

「帰りまでにここを綺麗に片付けておきなさい。後始末はあんたひとりでやるのよ」

とだけ言い、ふらふらとした担任教師を抱えてその場を立ち去って行った。



「・・・・・・・・・・・・・・・」


彼女たちを無言で見送った宗介はわずかに肩を落とす。
やがてかなめの言いつけ通り、掃除用具を持ち出してひとり片付けを開始したが―――


ただ一度だけ。

言えそうで言えなかった重大なことを思い出し、腹立ち紛れに小さな声で悪態をついた。



「・・・くそっ」






*






その日の帰り道。
なんとかマシな格好に戻ったかなめは、まるで『叱られた飼い犬』のような状態の宗介を背後に従いながら黙々と歩いていた。

時々ちらりとうしろの宗介の様子を窺うように振り返るものの、あからさまにしょんぼりしている彼に声を掛けることはなかった。

宗介は爆破した廊下の後片付けが終わったあと、保健室に行ったものの追い出され、教室に戻ってきたかなめに話し掛けようとしても無視され、帰りになんとか捉まえようとしても先を歩かれてしまいこうしてただ後をついて行くしかなかったのだ。


やがて、商店街に入り大型スーパーの前まで来るとかなめはぴたりと立ち止まった。


「・・・あんた、悪いと思ってるなら荷物持ちくらいするでしょ」

「と、当然の義務だ」

しばらく口を聞いて貰えないと思っていた宗介は、いきなり話掛けられたことに驚きながらも、急にしゃっきりと背筋を伸ばし慌てて返事を返す。

その様子をちらっと眺めたかなめがさっさとスーパーの入り口に向かうと、宗介は足早に後についていき買い物カゴを掴んで、彼女の横に並んで歩いた。






「・・・どうしようかな」

入り口にほど近い野菜売り場に入り、思案顔になったかなめは宗介の方を向く。


「ねえ、和洋中どれがいいと思う?」

「・・・洋風か」

「わかった」


ひとつ頷いて、手近の野菜をいくつか手に取りじっくりと眺め、ぽいぽいとカゴに入れる。
以後、繰り返しこのやりとりが続いた。



「魚と肉どっちがいいかな?」
「・・・肉」



「牛肉?豚肉?鶏肉?」
「・・・牛か」



「サラダは海藻にする?野菜?」
「海藻サラダでいいと思うが」



「そういえば、ドレッシング切らしてるんだった。この『ごま風味』と『オニオン』どっちが好き?」
「・・・ごま風味が気になる」



質問を繰り返し、宗介の答えた通りのものを買い物カゴに入れていくかなめの意図がわからず、心の中で疑問符ばかり浮かんでいた宗介は、乳製品売り場に差し掛かったところで思い切って彼女に訊ねた。



「先ほどから思っていたのだが・・・なぜ俺に聞く?」

「ええ?」


よくわからないのだが、もしかしたらまた怒られるかもしれない― そう思っていた宗介の意に反して、彼女はおかしそうに笑顔を見せた。


「食べたくないんなら、別にいーけど」


そう言うと、すたすたと歩いて一番端にあるヨーグルトコーナーを物色し始める。一瞬呆けたようにつっ立っていた宗介は、我に返ると慌てて彼女のあとを追った。


「い、いや。そういう訳ではない。むしろ・・・た、食べたい」

「そう?」


「素直でいいじゃない」と笑いながら、かなめはメーカーの違うプレーンヨーグルトのパックを二つ、宗介の前に差し出した。


「どっちがいいかな?」

「それはどちらでも・・・」



その時になってようやく宗介は、彼女が不機嫌ではないことに気が付いたのだった。






*






思ったより機嫌の直りが早かったかなめが腕を奮い、その日の夕食はこれまでにないくらい豪勢で贅沢なものだった。

あれほどまでに怒り心頭だった彼女の機嫌が直り、むしろ上機嫌になって夕食をご馳走してくれたのが不思議でならなかったのだが、深く考えないことにしておいた。

宗介にとって不可解で、ミステリアスな彼女の心理を追求するのは到底無理であろうと、とっくの前にわかっていたことだからだ。


それに、まるで訳がわからなくても彼女の機嫌がいいにこしたことはない。不機嫌に八つ当たりされたり無視されたり罵倒されたり― そんなことをされるよりずっとマシで、なにより自分と一緒であるときに笑顔でいてくれるのが嬉しかった。

そう思ったからでもある。



その晩はいつもと変わらないようで、それでいてより一層居心地のいい穏やかな時間が流れたような気がした。










「ね、今日のカナメ特製スペシャルメニューはどうだった?」


夜が更けて宗介が帰宅を告げると、かなめは見送ると言って玄関口に立ち、思い出したように夕食の感想を聞いてきた。


「全部うまかった。さすがだ」

「へっへー。とーぜんよ。最高でしょ」

「最高だな」

「こんな女子高生なかなかいないわよー」

「そうだろうな」

「いいお嫁さんになれると思わない?」

「そ、そうだな」


急に焦ったような表情になった宗介を見て、かなめはにっこり微笑んで玄関に降り、並べてあったサンダルを履いてドアを開けかけた宗介に歩み寄った。




「最悪、本当に誰もお嫁に貰ってくれなかったらソースケに期待してるけど・・・」

「!」


(まさか、聞こえていたのか・・・?)





『俺が責任をとって、君を貰ってもいいだろうか―』





学校で爆破事件を起こした後、どさくさまぎれに夢みたいなことを口走しったはいいが、担任教師の絶叫に遮られ、彼女の耳に入っていないと思っていたのに。


「ねえ、忘れないで?」

宗介の胸元あたりに手を添えて、赤らんだ顔を伏せたかなめはさらに言葉を続ける。

「もしあたしが困っちゃうくらいもてて、争奪戦になったりしたら・・・死ぬほど努力してよね」

「ち、千鳥・・・・・・」



ちゅっ



かなめは少し背伸びをして、うっすらと傷跡が浮かんだ宗介の頬にキスをすると、ぐいっと力を入れて彼をドアの隙間から押し出した。

不意をつかれた宗介は、なすすべもなく後ろ向きにふらついて外に出る。半ば呆然として、彼女の唇が触れた側の頬を手で押さえ、慌てて体勢を整えて顔を上げたが、既に千鳥宅の扉は堅牢に閉ざされていた。



「千鳥!」


彼はあまり近所迷惑にならない程度に、それでも見た目はかなり怪しいだろうというような状態でその扉に張り付くと、抑えた声で必死に彼女に呼びかけた。


「最善を尽くす・・・!」




扉は何も語らない。



「・・・・・・・・・・・・・・・」 



宗介は大きく溜め息をつくと、扉から離れてくるりと背を向ける。
数秒の間ぼんやりと立ち尽くしていたが、やがてふるふると首を振り、方向を変えてゆっくりと歩きだした。






――― その瞬間



こつん。




まるで返事をするように、内側から扉を叩く微かな音が聞こえたような気がして―・・・
思わず彼は、歩みを止めた。





END






▼ブラウザを閉じて戻る



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送