Open Arms

 

「あんたさ、スイカ割りの時、銃とか使うんじゃないよ。」

「むう、分かっている。」

「去年はどれだけひどい目にあったか分かっているの?」

「……すまない。」

 

 

夏も真っ盛りの8月上旬。

宗介とかなめは海に来ていた。いつもだったら恭子やオノDや風間達がいるのだが、恭子の策略で2人だけにされてしまったのである。

見ず知らずの土地で何かしようとしても仲間がいないと結構何かやり辛い物がある。

幸いなことに、海岸に来る途中の電車の中で仲良くなったカップルが一緒にスイカ割りやろうと誘ってくれたのでその好意に甘える事にしたのだ。

しかし、宗介の行動に一抹の不安を抱えるかなめにとって、宗介に注意を与えるのは当然の事と言えよう。

だが、如何せんやりすぎの感がある。宗介は申し訳なく思っているのか犬のように項垂れてしまった。

 

 

「ちょっと、かなめちゃん。言い過ぎじゃない?」

 

電車の中で仲良くなったお姉さんがクスクス笑いながら声をかけてきた。

 

「でも宗介にはこれぐらい言ってやらないと……」

「ダメだなー、かなめちゃん。去年何があったかは知らないけど、そんな言い方だと宗介君泣いちゃうよー。」

 

お兄さんがケタケタ笑いながらかなめをからかってくる。

 

「そんな、宗介が泣く訳ないじゃない。ねえ、宗介?」

「なんだ、千鳥?」

 

宗介がかなめのほうを向くと3人とも「うっ」と言ったきり絶句してしまった。

ようやくかなめが言葉を搾り出す。

 

「宗介ゴメン、私、言いすぎたかもしれない。」

「何のことだ?」

「だってあんた涙流して……」

「ああ、これか?ついさっき目薬を点したからだ。ゴミが目に入って痛かったぞ。」

 

目から流れ出た目薬を拭いつつ平然と言ってのける宗介。あまりにもベタな展開にお兄さんとお姉さんは何故か笑いをこらえている。

かなめが1人「へ?」と言ったきり呆然としているのであった。

 

 

立ち直ったかなめが宗介を蹴り回し、お姉さんが仲裁してお兄さんが笑い転げているうちにお昼を迎えた。

海の家の定番である砂混じりの焼きそばなどは、かなめとお姉さんが拒否したため、
お兄さんと宗介が苦労して探し出した洋風レストランに入ることにした。

注文が4人とも同じハンバーグランチであったことには、仏帳面の宗介の顔さえ綻ばせた。

このレストランではお昼からピアノ演奏会を行なっていた。最近の洋楽系CM曲を中心に演奏者が綺麗なピアノの音を響かせるのである。
時折愉快な曲が流れればしっとり来るような曲もあって、お兄さんなんかは知っている曲になると鼻歌交じりに歌詞を口ずさんでいた。

 

お昼ごはんに満足したところで4人は宿に向かう。これもまた奇遇か同じ民宿に泊まる事になっていた。
お互いの場所は通路を挟んで斜め正面。
お兄さん達は遊びにおいでとにっこり笑って部屋の中に入っていった。

荷物を部屋の中に入れるとかなめは海が見える窓辺に歩いていく。

 

「あー、暑いわー。また早く海に入りたいなぁ。」

「今の時間に外に出るのは止した方がいい。この気温と太陽だ。日射病や熱射病に罹るぞ。」

「えー、どうしてよ。」

「不覚にも作戦中にそれで野戦病院に担ぎ込まれたことがある。1週間は動けなくて辛かった記憶がある。」

 

真実味あふれる内容を淡々と喋る宗介の言を聞いてかなめは、しばらく建物の中で涼む事にした。

せっかくの海で寝込んでしまったら非常にもったいない。

 

 

この海辺の町は大きい祭があることで有名で、毎年、夏になると全国各地から人が集まりたいそうな賑わいを見せる。

かなめたちがこの町に来た目的のひとつにこの祭りを楽しむということもあったわけである。

だいぶ日差しが弱まった夕方、浴衣に着替えた2人はお兄さんたちと一緒に神社の境内へ出かけた。

お兄さんの風貌が甚平に黒いグラサン、短く刈り込んだ髪に顎に無精ひげという格好であった為、何をとちったのか一部の屋台から

「兄貴、おはようございますっ!」

という掛け声がかかってしまうという有様であった。

それに対してノリで返事を返してしまうお兄さん。

お姉さんはたまらず、お兄さんのグラサンをはずして“一般人”に仕立ててしまった。

それでも十分怖い雰囲気が出ているお兄さん。

チンピラはびびって手出ししてこないのでかなめはこれ幸いとばかりに宗介にねだって綿飴を買ってもらい美味しそうに頬張るのであった。

 

 

「あら、かなめちゃん?カラオケ大会なんてのがあるよ?」

 

神社の境内にある公民館の出入り口の看板を見てお姉さんはかなめに話しかけてきた。

 

「お姉さんは出るんですか?」

「いや、俺が出る!」

 

すでに乗り気であるお兄さん、鼻息が荒い。

 

「ふむ、面白そうだな。俺も出るとしよう。」

「宗介!あんたのレパートリーってソ連国歌でしょ!」

「千鳥、戦うときは相手の戦力を見くびらないことだ。」

 

宗介が非常に乗り気であるためかなめは釘を刺したのだが、宗介は自信満々だ。

 

「こんなこともあろうかと、小野寺と一緒にカラオケ行って練習してきた。」

「へぇ、あんたやるじゃない。で、どんな曲を歌うの?」

 

宗介の努力に感心したかなめはどんな曲を歌うのか聞いてきた。

 

「うーむ、例えば『星空のディスタンス』とか、『Be Good For Yourself』とか……」

「うわ、古いわよそれ。なんでア○フィーが。それに洋楽まで。」

「小野寺が渡してくれたCDの中にそれらが入っていたからな。」

「オノD、あんたって人は……」

 

オノDが意外にも○ルフィーの曲を聴く事にかなめは妙な脱力感を覚えるのであった。

無理も無い、オノDはEminemを歌っていそうなイメージがあるからだ。

しかし、宗介に「さ○らんぼ」を歌わせるように仕向けなかったことは評価するべきではなかろうか。

女性ならいざ知らず、男性(特に宗介)が「さく○んぼ」を歌うところを想像してみるがよい。撃沈間違いなしである。

 

それはともかく、4人は公民館のホールの中に入っていく。

受付でエントリーを済ませると何を歌うのかそれで話が盛り上がる。

お兄さんは『Jonny B Good』を映画と同じようにやろうかと言った所、お姉さんから文句がマシンガンのごとく飛び出る始末。

結局は無難な『メリッサ』で落ち着く。

お姉さんは『プライド』でしっとり行くようだ。

かなめはスパイスガールズの『Wanna Be』でノリノリに洒落込む様だ。

 

「宗介は何にするの?」

 

興味津々に聞くかなめであったが、

 

「その時のお楽しみだ。今は教えられん。」

 

と言ったきり黙ってしまった。

かなめは怪訝そうな顔をして「まぁ、がんばりなさいよ。」と言うほか無かった。

 

 

カラオケ大会が始まって会場の熱気が盛り上がっていく。

上手い下手かかわらず参加者は一生懸命に歌っている。

半分ぐらい過ぎたころ、いよいよお兄さんの出番となった。

普通にメリッサが始まるもんだと思ったとたん、

 

「Anyway You Want It That`s Way You Need It!」

 

と始まったではないか。メリッサではない。アメリカのロックバンドの曲である。

実はお兄さん、こっそりとエントリー変更を行っていた。実に楽しそうに歌うお兄さん。

お姉さんは「あのドアホが」などと呟いていたが、顔は笑っていた。

 

「へえ、お兄さんやるじゃない。発音も上手いし。」

「そうだな。リズムもタイミングも抜群だ。」

 

案の定、お兄さんは今までの参加者の中で最高得点を叩き出した。

その後はお姉さん、かなめ、宗介と続くのであるが、お姉さんも負けじと歌い上げ女性ではトップクラスの点数を叩き出す。

かなめは得意の英語とリズム感でラップを歌い会場を沸かせた。さすがにお姉さんにはわずかに及ばなかったが。

そして、宗介の出番である。

何を歌いだすのかと思えばバラードではないか。しかもお兄さんが歌ったアーティストの曲。しかも映画で使用されている曲と来た。

 

「(和訳)僕にとって君の愛がどれほどの意味を持っているのか」

 

かなめのことを意識しての事だろうか、綺麗に丁寧に歌い上げてくる。

かなめは宗介の思いをストレートに聞いたような気持ちになって、幾分か顔が赤くなっている。

これを見たお姉さんは

(かなめちゃん、やっぱり宗介君に惚れているんだね。素直じゃないね、って私も言えた立場じゃないけど。)

と苦笑するのであった。

 

 

結局カラオケ大会はお兄さん以上の歌い手が出て優勝を逃してしまった。

そうとは言えども、粗品が地酒一升瓶であることは驚きに値するだろう。

 

「宿に帰ったら宴会だw」

「かなめちゃんたちも来る?」

「いえ、私たち未成年なんで……」

 

お酒を飲んで酔っ払ったことがありながら、しれっと建前を言うかなめ。

 

「でも、ソフトドリンクで参加しますよ。」

 

宗介も頷きながらささやかな宴会に参加することにしたのであった。

 

お兄さんたちの部屋ではおつまみやら飲み物やらが大量に消費されつつある。一升もあった地酒は残り半分以下となってきている。

さすがに日本酒を飲むのはきつかった様だ。一口味わっただけで顔が大きくゆがみ、口直しとばかりに水を大量に飲んだかなめと宗介。

それを見てお兄さんはケタケタ笑い、お姉さんは笑って水を注いでコップを差し出す。

いつの間にかお兄さんは眠ってしまい、お姉さんは介抱を始める。

邪魔してはいけないと2人はお暇することにした。

 

 

「ねえ、宗介、散歩行かない?」

「今からか?」

「ちょっと海岸に行ってみようよ。」

「そうだな、行くとしよう。」

 

祭りが終わって静まり返った海岸を2人は歩いていく。ちょうどよく月が上がっていて月光が2人をやさしく照らし出す。

砂浜を歩きながらかなめは思う。宗介という一人の男性の存在のことを。

初めて出会った時などお話にならないくらい馬鹿げた出会いであった。

宗介は任務で一生懸命であったけれども、護衛されているかなめにとってこれ以上迷惑なことは無かった。

でも、心の中に占めてくる宗介の存在は否定しようが無かった。

急に現れて心を奪った戦争バカ。

自分はこの戦争バカに間違いなく惚れている。

しかし、その気持ちに素直に応えることができず、宗介を罵倒しては心が傷つく毎日。

素直になりたかった。

 

「ねえ、宗介。あんたが歌っていた曲さ、どういうつもりで歌っていたの?」

「へ?いきなり何を言うのだ?」

「正直に答えて、お願い。」

 

そういうとかなめは怪訝そうにしている宗介の左手を握った。

握り締められてびっくりしている宗介はどう答えたらいいのか焦っている様だった。

しかし、すぐに落ち着きを取り戻すと顔を赤くしつつ答えるのであった。

 

「臭い言い方になるかもしれないが、君への感謝の気持ちを込めていた。」

 

そこで顔を空に向けるとさらに言葉を続ける。

 

「君と出会ってから、俺は人間らしい生活を取り戻せたのだと思う。戦いに明け暮れて人間の温かみと言うものを知らなかったに等しい。だが、それを気づかせてくれたのは君だ。だからだ、あの曲を歌っていたのは。」

 

そういうと宗介はかなめの手を優しく握り返す。

 

「だからこそ感謝の気持ちを込めて歌っていたのだ。……なんだかこんな事言うと照れ臭くなるものだな。」

 

そういって苦笑するとかなめのほうに向き合った。

かなめはうつむいて宗介の手をぎゅっと握り返してくる。

そして頭を宗介の胸にコツンと寄せてきた。

 

「ありがとう、宗介。私なんて言ったらいいのか……」

 

そこで言葉が詰まると顔を上げた。目の前には無表情ではあるけど、やさしい光が灯っている宗介の目。

自ずと見つめ合う二人。

宗介は優しくかなめの肩をつかんで静かに自分のほうに近寄せる。

自然と顔が近づいていって……

 

そして離れた。

 

暫くの間、顔を赤くして黙っていた2人であったが、物陰からする音に我に返る。

 

「ねえ、あの岩陰に何かいそうじゃない?」

「そうだな、探ってみるか?」

「危険なことしないでよ?」

「大丈夫だ。この生き物をあそこに放り込んでみればいいことだ。」

 

そういって水中から引っ張り出してきたのはナマコ。

やさしくひょいっと岩陰に放り込んでみると案の定悲鳴が上がった。

 

「ちょっと、ナマコ放り込むことなんて無いじゃないの!」

 

そういって立ち上がってきたのはお姉さんだった。

 

「でもいいじゃないか、いい瞬間を見れたんだからさ。」

 

そう言って立ち上がってきたのは酔い潰れていたはずのお兄さん。

呂律も足取りもしっかりしている。

 

「酔っ払っていたのって、ウソだったの?」

「いや、酔いが醒めるのが早いだけさ。このありがたーい体質のおかげでかなめちゃんのかわいい所見れたし、ねー?」

「ねー、じゃないの。ま、事実なんだけど。」

 

焦るかなめをからかうかのようにお兄さんとお姉さんはケタケタ笑っている。

その横で宗介は月を見上げて苦笑するのだった。

 

FIN










素材提供:カナリア

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