『人間だから』
「災難だ………。」
ある十二月の日……相良宗介はベッドに横になりながらぼそりと呟いた。
暖かくなったり寒くなったりと、変な気候が続く今日この頃。
昨日は冬だというのに昼間はとても暖かい日だった。
しかし、どんなに暖かくても…冬は冬。
夜になれば途端に冷えこむもの。
宗介もそれは充分わかっていたつもりなのだが……。
「たかが風邪ひいたぐらいでなに言ってんだか。熱計った?」
「ああ……。」
脇にはさんでいた体温計を取り出しながら返事をする。
今日は日曜日で学校がないからとかなめが看病に来ていた。
千鳥かなめ。
宗介の護衛対象。
なにが起こるかわからない彼女の身の安全のために宗介は東京に来ている。
だというのに……。
「俺はいつも君に迷惑をかけてばかりだな……。」
護衛される者とする者……お互いそれぞれの立場はわかっているのだが…
それでも宗介はかなめに迷惑をよくかけている。
とても護衛のためにやってきたエージェントとは思えない。
「なに言ってんだか。靴箱爆破とかの迷惑に比べればこんなのどうって事ないわよ。
それにこの間あたしも看病してもらったんだし…おあいこでしょ?」
それは丁度三ヶ月ほど前だろうか。
残暑残る九月にかなめは風邪をひいたのだ。
その時は宗介がかなめの看病をしていた。
「今お粥作ってくるからちょっと待ってて。」
熱は三十八度八分。
かなりの高熱である。
「………健康管理には充分気を付けていたつもりなのだが……。」
「……夕べどこで寝たの?」
「いつものところだ。」
「……………。」
いつものところ。
それすなわちベッドの下…である。
「この真冬にそんなところで寝たら風邪ひくに決まってんでしょ?」
「……ちゃんと防寒はしたぞ。」
「現に風邪ひいてるじゃない……大体あの薄っぺらい毛布一枚のどこが防寒よ。
とにかくちゃんと暖かくしておとなしくそこで寝ていなさい。」
「……………了解した。」
数分後。
かなめはお盆に小さな土鍋を載せてやってきた。
もちろんこれはかなめが自分の部屋から持ってきたものだ。
ついでに言うと、お粥の材料となるご飯まで持ってきていたりする。
「ソースケ起きられる?」
「……ああ。」
声をかけられてもそもそと起きあがるが…まるで焦点が合っていない。
高熱で意識が朦朧としているのだろう。
しかし表情はまるで情けない…といった感じだ。
未だに風邪をひいてしまった自分を責めているのだろうか。
「食欲ある?なくても少しは食べなさいよ。あと薬はここに置いておくから…食べたら飲んでね。
あたしちょっと出かけるから、食べ終わったら食器はその辺置いておいていいからね。」
「……どこへ?」
「コンビニ。だからすぐ戻ってくるわよ。んじゃ、ちゃんと食べて薬飲んでおとなしく寝ているのよ。いい?」
「………。」
「返事!」
「…了解した。」
かなめが玄関を出て行く音を聞いてから宗介は渡されたお粥を食べ始めた。
食欲はない……というわけでもないが、かといって無性に食べたい…というわけでもなかった。
口に粥を運ぶ手は…まるでそうプログラムされた機械のようだ。
「味がわからん。」
元々お粥にはそんな味付けはされていないのだが。
それでも宗介は出された粥を全部平らげ、用意された薬もしっかり飲んだ。
「……………。」
する事がない。
あったとしてもとても出来る状態でもない。
だからそのまま横になったのだが…どうも落ち着かない様子。
それは風邪をひいたからか……それともいつもとは違うベッドの上にいるからか。
たぶん両方だろう。
だが…まだなにか物足りない気がする。
その時、再び玄関の開く音が聞こえてきた。
「改めてお邪魔しまーす。」
かなめが帰ってきたのだ。
「ソースケ薬飲んだ?」
「……ああ。」
「気分は?」
「………………………………………なんとも言えん。」
「でしょうね。寝ていなさい。今タオル冷やして持ってくるから。」
かなめが戻ってきた事で物足りなさが少し和らいだような気がしたが…
それに気が付いたかどうかというところで、宗介は眠りについてしまった。
そして夕方。
「………?」
目を覚ましてしまった宗介が身体を起こす。
本人自身…いつの間にか眠ってしまった事に少し驚いたようだ。
「あ、起きた。気分どう?」
「俺は……。」
「良く眠っていたよー。ちょっといい?」
そういうとかなめは宗介の額に手を当てた。
健康な状態の冷静な宗介なら今のかなめの行動になにかしら反応を見せていたのだろうが…
あいにく今はそんな元気はない。
「少し熱下がったかな?一応計ってみて。」
言われたとおり、体温計を脇にはさむ。
まだ目覚めたばかりで意識は虚ろだ。
「んー。三十七度二分。微熱ね。この分だと朝にはすっかり熱下がっているかもね。」
「そうだな…だいぶ楽になった。」
滅多に風邪をひかない宗介だったが…今回は熱が少々高い程度で済んだようだ。
「夕飯用に適当にに作っておいたから…お腹空いたら食べなさい。じゃ、あたし帰るね。もう大丈夫でしょ?」
「……………。」
「ソースケ?」
「あ、ああ…すまん。ありがとう……。」
「どしたの?まだつらい?」
「いや……そういうわけでは……………。」
そう…………。
風邪自体はもうだいぶいい。
これは言い切れる。
しかし……なにかが……。
「……しょうがないわね。もう少しいるわ。」
「……千鳥?」
「寂しいんでしょ?」
「なっ……!」
実にめずらしく、宗介が顔を赤らめて驚いている。
かなめの今の一言にかなり動揺したようだ。
「別に恥ずかしがることないわよ。あんた今風邪ひいてんだし…無理もないわよ。」
「……ど、どういう意味だ…?」
未だ顔が赤い宗介をよそに、かなめはくすくすと笑いながらベッドの脇に腰を下ろした。
「人ってね…まあ個人差もあるとは思うけど、風邪ひいたり病気になったりすると寂しがり屋になるのよ。」
「寂しがり……?」
「そ。家族にやたらめったら甘えん坊になったりすんの。」
「…………しかし、俺には……。」
「家族がいないって?だから現に寂しがってんでしょ。あたしが帰ろうとしたら反応したじゃない。」
「そ、そんなつもりは……。」
穴があったら入りたい……。
今の宗介の心境とでも言おうか。
迷惑をかけて説教される事はしょっちゅうだが、ここまで子供扱いされた事はかつてない。
生活環境が違うから仕方ないという問題でもないだろう。
男として、少し情けないのだ。
「別に恥じる事ないわよ。人間なんだから体調崩したりする事だってあるんだし。風邪ひいてもおかしくないの。」
「だが…本当にそんなつもりは……。」
「はいはい。今夕飯温めてくるから…もう少し横になってなさい。」
「ち、千鳥……。」
無理やり寝かしつけ、かなめはキッチンへと向かった……。
しかし…。
「……………?」
二、三歩歩いたところで足を止める。
「こういう時くらいいいんじゃない?」
「?」
背を向けたまま話す。
さっきまで子供に話しかけていたような口調ではなく、いたって真剣な声で。
「あんたいつも気を引き締めてるでしょ。風邪ひいた時くらい他人を頼りにしなさいよ……。」
「………感謝する。」
「ん。」
その日の夜。
宗介はかなめに手を繋いでもらって眠りについた。
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