宗介、虫歯に

作:アリマサ

かなめの自室にて

千鳥かなめはこのところ、お菓子作りにも精を出しており、その度に招き入れた相良宗介に、試食という名目をつけては食べさせていた

「はい、今日はアイスのジェラードね」
「ああ、すまないな」

そしていつものように、そのアイスを口に運ぶ
すると、いつもは「うまい」と言ってくれるのだが、なぜか今回は反応が違った
「……っ!!」
急に宗介は口を押さえ、顔をしかめたのだ

「え……どしたの? ま……マズかった?」
宗介の表情を読み取って、おろおろと不安になるかなめ
だが、宗介はマズイというより、痛いという渋面をつくり、頬を押さえていた
もしやこれは……

「ひょっとしてアンタ……虫歯?」
かなめが口に出した仮定に、宗介は旗色を悪くした
「い……いや。気にするな」
頬に手を当てたまま、そっぽを向く宗介
その様を見て、かなめはなぜか悪戯心を刺激された

「ふぅ〜〜〜〜ん。……それなら、これ食べれるわよね。はい、あーん」
と、かなめはスプーンでアイスをすくい、宗介の目の前にもっていく
「……む」
強引にアイスを口に入れられると、その冷たさに口の中で、ズキンと雷が走った
「……ぐ」
眉根にしわを寄せ、それでも必死に隠そうと、顔面の筋肉がこわばっていく。

やはり、これはどうみても虫歯だ
あっさりとそれを見抜いたかなめは、
「やっぱ虫歯じゃない。我慢しちゃだめよ」
と、優しく言ってやった
「い……いや。虫歯とは関係のないことだ。そうに決まっている」
やけに否定するが、状況から見て虫歯以外に考えられない。
そして原因はやっぱりあれなのだろう
このところお菓子やケーキ、そしてアイスといった甘いものを集中的に食べさせてたから……

「ね、歯医者さんに行こ。あたしもついてってあげるから」
かなめもその責任を感じて、そう提案した
「いや、それは遠慮する。すまないが、この件に関しては放っておいてもらえないだろうか」
意外にも、宗介はそれをぴしゃりと断った
なぜ、ここまで宗介は虫歯という事実から逃げようとしているのだろう?
かなめはしばらく黙考してから、ある事にピンと気づき、にいっと悪戯っぽい笑みを浮かべた
「ひょっとしてあんた。歯医者に行くのが恐いの?」
「…………」
答えない。それは肯定にも、否定にもとれる沈黙だった

「……歯医者に行くのが嫌なら、他にも方法はあるけど?」
そのかなめが出した助け舟に、宗介は甘んじて飛びついた
「では、その方法を実施してくれないだろうか。そうしてくれると、実に助かるのだが」
「うん、わかった。じゃ、歯くいしばって」
「なに……?」
次の瞬間、宗介の頬面めがけて、かなめの拳がうなった
「――ッ」

宗介は、ズシンと頬に伝わってくる衝撃と痛みに、座っていた椅子もろとも豪快に後ろに倒れてしまった
突然だったので、防御も受身も取れず、もろにその攻撃をくらってしまったのだ

一瞬、なにがなんだか分からなかった
じんじんと痛む頬を押さえ、
「な……なにを?」
と、困惑した顔のまま聞いた
「あれー? まだ取れないか。んじゃ、もーちょっと強く」
ぶんぶんと腕を振り回し、今度は渾身の右ストレートをぶつけてきた

ドゴッ!

それはボクサー顔負けの、見事なフォームで繰り出された
そしてその一撃は、宗介の顔を一瞬歪めてしまうほどに強烈であった
その勢いで、後ろに敷いていたカーペットを巻き込んで、ずしゃあっと豪快に倒れた

かなめは、床に伏した宗介に駆け寄り、しゃがんで口を覗きみる
「んー。まだダメか」
「……千鳥。君は一体なにをしたいんだ?」
説明を求める宗介に、かなめはいったん拳をおさめた
「こーやって殴ったら、衝撃で虫歯が取れるはずなのよ。実際、あたしも小さい頃、お母さんによくやってもらってたんだ」
なるほど。かなり荒療治だが、衝撃を加えて、その拍子に歯根のゆるい虫歯が抜け落ちるというわけか

「……本当にそれで取れるのか?」
「うん、本当よ。それに痛いのは一瞬だしね。いつの間にか虫歯が抜けてる。って感じで」
「そうか。だが、しかし……」
その言葉を待たずに、かなめは今度はその口めがけて問答無用のヘッドロックをかました
「がっ……」
彼女の勢いをつけた頭突きはかなり強烈だった。
歯が抜けるどころか、意識そのものを失いそうになった

「んー。なかなかしぶといわね……」
もはや、なにに向けて言っているのか
それよりも驚きなのは、これだけの衝撃を与えてるにもかかわらず、抜け落ちない虫歯のしぶとさだった
「でも、もうひと息なはず」
「ちょ……待っ……」
次に、ぐわしと宗介の顔を掴み、固定させてから、膝蹴りをその口めがけてくらわせた
硬いヒザが、ガツンと宗介の口を襲う
「ぐぶっ……」
口だけでなく、鼻とアゴの骨までもがかち割れてしまったような気がした
その衝撃で下唇が切れ、血が滴れた。それからあまりの痛みに、口を押さえて悶え苦しんだ

「……大丈夫?」
「……この方法は撤回してくれ」
なんというか、歯一本の問題では済まなくなってきて、すぐさま取り止めてもらうことにした

「それにしても……」
かなめには、やはり分からないことがある
「あんた、なんで歯医者が怖いの?」
さきほどの沈黙を肯定と取った上で、そう改めて聞いた
その質問に宗介はしばらく黙りこくってから、ぽつりと口にした
「……歯医者は怖すぎる」
テロ攻撃にも果敢に立ち向かうあの宗介が、弱気な発言をした。それはまるで子供のような怯えた一面だった

「あんたがそこまで言うなんて……。ねえ、どうして?」
すると宗介は、苦虫を噛み潰したような暗い表情で、ゆっくりと語りだした
「……あれは俺がまだ幼少の頃。カシムと呼ばれてた頃のことだ……」



アフガンでのキャンプの滞在中

数年前のカシムはゲリラ軍に在籍し、そこで戦いに加わったり、寝泊まったりを繰り返していた
「そしてある日のことだ。捕ってきた魚を焼いて食べていたら、急に歯が痛くなった」
「虫歯になっちゃったの?」
「そうだ。あそこではあまり歯磨きという習慣はなかったからな」
「へえ」
「当時の歯磨きといえば、口の中を水ですすいで、それからよく覚えていないが、なにかを歯に塗りつけていた。それがあそこでのブラッシングだった」
支給品に、歯ブラシもないほど、貧困な状態だったのだろうか
「それは完全なブラッシングではなかったから、虫歯になってしまったのだ。そして初めて味わうその痛みに、俺は当時のリーダーに相談した」

そこから、宗介の顔色が一層曇った
「ちょうど近くに村があったので、そこの医者に治療を頼んでもらうことにした」
そこでいったん目を閉じ、一呼吸置いた
「……その医者は、俺と二人きりになったとたん、いきなり縄で両手両足を縛ってきた」
「……え?」
「そして全身麻酔をされた」
「ぜん……?」
「当時は、これが治療なのかと思っていて大人しくしていた。だが、全身麻酔された時点で疑問に思い、本当にこれが正しい治療なのかと聞いた」
「そしたら?」
「その医者は、人が変わったかのように嫌な笑い方をして、こう言った。『お前さんは貴重な人体じゃ。その健康な賢蔵、肝臓……。様々な部分を売り飛ばしてやるわい』とな」
「それって……」
「ああ。その医者は、裏では内臓を売りさばいて儲ける、いわゆる人体密売商人だったわけだ。……俺は騙されたんだ」
「…………」
「気づいた時には遅かった。全身麻酔の効果で、手足が痺れ、抵抗しようにも体が言うことを聞かなかった。そしてやつはそんな俺の様を見ながら、嬉しそうに生身の俺の体にメスを入れてきた」
「…………」
信じられない展開に、かなめはごくりと喉をならした

「一度は死を覚悟した。だが、リーダーがその事に気づき、間一髪のところで助かった。もしリーダーが機転を利かしてくれなければ、俺の体はとっくにバラバラにされていただろう。それからだ。歯医者が怖くてたまらなくなったのは……」
「そりゃあ……誰でも怖くなるでしょうね」
宗介は、歯医者というより、その人個人として、その職業に対するトラウマができてしまったのだろう

「えーと……。なんというか、そういう境遇に合っちゃうと、怖くなるのは当然なんだけど。大丈夫、日本の歯医者さんはそんなことはないから」
「そう言い切れるか?」
「うん、あたしを信じて。このまま放っておくと、悪くなるだけだし。ね、日本の歯医者さん、行こ」
「……痛くないか?」
「大丈夫、大丈夫」
子供にさとすように。しかし、どこかほっとさせるような優しい口調で、そう言った
「分かった……」
どこかまだ怯えているようなところがあったが、それでもかなめが断言してくれたことで、いくらか気持ちが軽くなったようだ

「……傍にいてくれるな?」
「うん。大丈夫だって。痛くないから」
「了解した」
ようやく歯医者に行く気になったようで、かなめが一緒にそこまで連れて行ってくれることになった



数時間後

虫歯の治療を終えて、口を押さえたまま、宗介が出てきた
「どうだった?」
ずっと待合室で治療が終わるのを待っていたかなめは、感想を聞いた

すると、宗介はなぜかぶすっとして、納得のいかないような表情をしていた
そしてただ一言だけ、ぽつりと漏らした

「……痛かった」

結局かい









▼あとがき



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