ミスリル鍋戦争


作:アリマサ

トゥアハー・デ・ダナンの艦長室にて
そこの食卓に鍋が置かれ、そのまわりに宗介、テッサ、クルツ、マオ、クルーゾーの面々が集まっていた

「うーっし、肉入れるぞー」
クルツが肉をいくらか箸でつまみ、それをぐつぐつと煮えた鍋に放り込む
「あ、ちょっとそこよけて。湯豆腐入れるから」
マオが指示して、テッサがおたまで鍋の中に、わずかな空間を作った
そうしてみんなして縞模様のはんてんを着込み、鍋をつついていた

時は正月。今が一番忙しい時期であり、兵士達は帰省する暇さえなかった
そこでせめて正月の夜くらいは、広い艦長室でみんなで鍋をして食べようということになったのだ

「……ちょっと聞きたいのだが……」
いくらか煮えてきたところで、クルーゾーが疑問の目つきで、口を挟んだ
「なんです? クルーゾーさん」
するとクルーゾーは、煮えた肉をつまみあげてみせた
「……これはひょっとして、豚肉ではないですか?」
「そうですけど」
「……我々は、アラーの神に仕えたイスラム教徒のはずでは……?」
「あ……」
そういえば、ミスリルの兵士の多くは、イスラム教徒に身を置いている者がほとんどだ
そして厳格なイスラムの教えでは、豚肉を食することは禁止だった
テッサもそれを軽じんているわけではなかったが、戒律を厳格に守っている兵士達はほとんどおらず、気楽に考えている人たちばかりだったので、こと厳格なクルーゾーへの配慮をすっかり忘れてしまっていた

「す、すいません。わたしったら……」
謝るテッサをよそに、クルツが横からクルーゾーの取った肉を挟み取った
「いらねーんなら、オレがもらうぜ」
そうして、奪い取ろうとすると、クルーゾーは反発するかのように、箸に力を込めた
「待て」
「んだよ。豚肉は食わねえんだろ。アラーの神が言ってるぜ。『それはクルツ様に差し上げなさい』ってな」
「誰がそんなお告げを遣わすか。……このブタは、わたしに食べられるために、天に召されたのだ。これはいわば神からの贈り物。この聖なるブタを食べてやることこそ、わたしに課せられた使命」
そう言って、強引に肉を引いて、それをぱくっと食べていった
「あーっ、マジに食いやがった。そんなのは都合のいい解釈だろが」
「だから言っているだろう。これは神から下された、聖なるブタなのだ」
すると、向かいに座っていたテッサが口を挟んだ
「……いえ。それは、森林地帯の野ブタですけど」
「…………」
しばらく口ごもったが、クルーゾーはまたも肉をつまみ、それを口に運んだ
「美味いですな」
それだけ言って、もぐもぐと口を動かす
(はぐらかしたな……)
開き直ったクルーゾーに続いて、気を取り直してみんなも鍋のほうに戻った

「シラタキもネギも余っちゃってるわね。どんどん詰めてくよー」
マオが食材を次々と鍋に入れ、次にメインの肉を入れようと、横の包みを開いた
すると、その包みには肉は一片も無かった
「あ……あれ? もう肉がないわよ? なんで?」
そのマオの言葉に、クルツとクルーゾーが同時に睨みつけた
「なんだとっ!!」
その二人の異様なオーラに気圧され、マオはすぐに首を振った
「知らないわよ。アタシはまだ三切れくらいしか食べてないわよ!」
「わたしもです」
テッサもそう告げると、みんなは鍋を見下ろした

鍋の中には、肉は少ししか残ってなかった
「ということは……」
すぐさま、クルツが箸をつっこんだ
するとその箸を、クルーゾーがバキッと叩き折った
「なにしやがるっ」
「……神のお告げだ。『クルツの卑しい箸をへし折ってやりなさい』とな」
「てめえの脳内神の戯言だろうがっ! ……てめえの箸も折ってやる!」
二人がもみ争っている隙に、マオが箸を手に取り、その肉を挟みとった

「ふふ、いただきっ」
にやりと笑ってマオがその肉を口に持っていこうとすると、その手をテッサが止めた
「……なによ?」
眉をひそめるマオにかまわず、テッサは言ってやった
「そのお箸はわたしのです。ですから、その肉はわたしのものです」
言われて、マオは手に持っていた箸を見てみた。すると、テッサ特有のマークがついている
「いつの間に……。テッサ、アンタ箸をすり替えたわねっ」
「……とにかく、肉をつけたのはわたしのお箸です。なのでその肉は、わたしがもらいます」
だが、マオはその箸をテッサの届かない高さにまで持ち上げた
「……別に、アタシはテッサとの間接キスなんて気にしないわよ。むしろ興味があるわね」
「なっ……」
テッサは耳まで赤くなって、それから必死で箸を取り上げようとした
「メリッサにはプライドがないんですかっ? そんな破廉恥な……」
こっちでもまた争いだした

マオが取られまいと、箸を高く上げたまま、テッサの手の追撃から逃げていく
その矢先、肉の行方を知ったクルツとクルーゾーが片方ずつ、後ろから箸を掴み取った
「おっしゃああっ!」
だが、肉は箸の先でつながっている。お互いが引き離そうとすると、勢いで肉は両方の箸から飛び出し、床にべちゃっと落ちた
「あああぁぁっ!!」
四人が同時に、悲痛な悲鳴を上げた

だが、たしか残り少ない肉がまだ鍋に入ってたはずだ
四人がすぐさま鍋に飛びつこうとすると、そこに肉は無くなっていた
「うそっ」
すると、横で宗介がその肉にありついていた
そこで、ようやく宗介の存在を思い出したみんなは、いぶかしげに聞いた
「おい、ソースケ。おめえ、いくつ肉を食った?」
すると宗介は、しばらく考えてから、満足そうに言った
「……たらふくだな。うまかった」

その言葉に、四人の目にぎらりと狂気の色が宿った
「まあ待て」
雰囲気を感じ取ったのか、宗介はなだめるようにこほんと咳をして言った
「なによ?」
「いいか、みんな。鍋料理には『鍋戦争だ』という言葉があってだな」
「だから?」
「つまりだな。こういうものは、食うか食われるかということだ。一切妥協の許されない厳しい世界を生き残るには、先手必勝が必要とされるのだ。君らもこれを教訓にするといい」
すると電光石火の如くクルツとマオの拳が宗介の顔面にめりこみ、クルーゾーの蹴りがみぞおちに入り、テッサのビンタが頬をはたいた
そして次々とドロップキックをくらわせ、四人で両手両足に関節技をギリギリとかけまくり、仕上げには四人が協力して、強烈技『アルティメットボンバー』を完成させた

泡を吹いてぐったりと動かなくなった宗介を隅に放り、四人はそれぞれ息をついた
「意外な伏兵がいたもんね……」
「この野郎、一人でおいしい思いしやがって……」
「神は『滅殺してしまえ』と激昂しておられた」
まだ怒りが収まらず、ぶつぶつと吐き捨てる三人

テッサは肉のなくなった鍋を見て、ため息をついた
「……どうします?」
その言葉に、みんながう〜んと考え出した

「しょうがねえな。アレやるか」
クルツの提案に、みんなの関心が集まった
「なにをするんだ?」
「ヤミ鍋だよ、ヤミ鍋。これなら材料はなんでもいいしな」
「……ヤミ鍋?」
「ああ、ヤミ鍋ってのはな……」
なぜか一番日本通なクルツが、簡単にヤミ鍋の説明をしてみせた

その一通りの説明を聞いて、マオとクルーゾーは興味をそそられたようだ
「へえ……面白そうね」
「やってみるか」
だが、唯一不安を覚えたテッサが、曇りをみせた
「大丈夫でしょうか? 適当に材料をつぎこむなんて、味の保障ができないのでは……」
「だからおもしれえんじゃねえか」
ということで、ヤミ鍋に変更することが決定した

「ん……むぅ」
ようやく宗介が息を吹き返し、こめかみを押さえていると、クルツたちが詰め寄ってきた
「ソースケ。鍋はヤミ鍋をすることにしたからな。これから各自、一時間で材料を用意することになったんだけどよ。お前はさっきの罰として、5品用意してこい」
「アタシたちは2品ずつ。まさか、文句はないわよね?」
「…………? よく分からんが、問題ない」
「よーうし、そんではこれから一時間後、それぞれに材料を準備してここに集合。材料が分からないように、袋かなんかで隠しておけよ」
「うーい」
かくして四人はそれぞれ艦長室を出て、新たにヤミ鍋の材料を探しに行ったのだった



一時間後

マオが材料を詰めた袋を抱えて、艦長室に入ってきた
「おまたせー。……って、なによこれ。暗いじゃない」
艦長室の部屋の明かりは、全て消されていた
「暗い部屋でやるのが、ヤミ鍋ってもんなんだよ。そんじゃ姐さんもそれを鍋にぶっこんでくれ」
薄暗い部屋の真ん中に、鍋らしき影があった。そこに、どぼどぼと材料を入れていく
「さて。これでみんな揃ったようだな」
薄暗いので横にいるのは誰なのか分からないが、どうやら全員いるらしい。

「サガラさんは、なにを入れたんですか?」
テッサの声。それに宗介が答えた
「はっ。森林地帯に赴いて、捕獲した野ブタの皮を剥いだ肉や、川で捕獲した魚などを……」
真面目に答える宗介の言葉を、横からクルツが慌てて遮った
「おいおいおい、言うんじゃねえよ。こういうのは、なんの材料が入ってるか分からないからこそ、醍醐味があるんだからよ」
「そういうものか」
「す、すいません……」

ようやくその場が落ち着いて、まずはみんなでその鍋をかき混ぜることにした
「うっっ……」
みんな、その鍋をかき混ぜる度に、箸にまとわりつくねっとりとした妙な感触が伝わってきて、なんだか気分が悪くなってきた
よく目を凝らしてみると、なんだかどろどろに黒くにごってるような気がする
それだけでなく、かき混ぜる度に、鼻の機能を潰すようなひどい悪臭がしてくるのだ
「…………」
クルツたちは、それ以上箸を動かさなかった

「おい、ソースケ。さっきの罰もあるし、まずお前からいけ」
「俺からでいいのか?」
複数の影が、こくりとうなずく
宗介は鍋に箸をつっこんで、挟んだモノをつまみあげた
なぜかそれは、ぷるるんと揺れた
そしてそれを口に運び、もぐもぐと動かす
「ど……どうだ?」
クルツが聞くと、宗介は特に顔をしかめるでもなく、
「悪くはないぞ」
「本当か?」
「うむ」

続いて、またも箸をつっこみ、それをひょいぱくと食べていく
「それはどうだ?」
「うむ。これも悪くない」
その言葉で、ようやく安心したのか、四人とも「んじゃいくか」と、箸をつっこんだ

「ごぶえっ」
「へぶっ」
「ぶっ」

クルツとマオとクルーゾーがそれぞれ口にした途端に、噴出して、それからぶるぶると身震いした
「うぅ……酒とゼリーを入れただけなのに……」
そう呻いて、がくりと倒れるマオ
「い……意識が……チョコとアイスを入れただけだというのに……ぐぶっ」
そうつぶやいて、倒れるクルーゾー
「ぐあ……あ、ありえねえ……」
頭を抱え、酷い頭痛に必死に耐えるクルツ
「くそ、ソースケ……。てめえ、騙しやがったな……」
意識が遠ざかりそうになって、床に転がり、悔しそうに愚痴るクルツの言葉に対し、宗介は普通に鍋を食っていた
「いや、本当になんともないのだが……」
すると、横にいたテッサも平気で鍋のモノを食べていた
「わたしも、なんともないのですが……」
「ば、馬鹿な? なぜ……うっ」
クルツの言葉は、そこで途切れた


残ったテッサと宗介は、お互い向き合って、鍋の残りをもぐもぐと食っていた
すると、宗介がぼそっと言った
「少なくとも、あのボルシチよりはおいしいです」
その宗介の言葉に、テッサも同意した
「ええ、そうなんですよね。一度あのボルシチを食べてますから……」

そうしてしばらく食べていったあと、テッサが手元の怪しげな鍋の中身を見て、悲しそうにため息をついた
「これがおいしいと思えるなんて……。なんというか……別の意味で汚れたような気がします。わたしたち」
「なにか言いましたか?」
「いえ、気にしないでください」

二人はその後も、もぐもぐと食べていき、残りの余った分は野ブタの餌となったのだった

          勝者はいるのだろうか                                                                  

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