ミスリル暇つぶし

作:アリマサ

それは、大海にぽうっと浮かび上がる孤島、メリダ島でのこと――

「っあぁ〜〜! ヒマすぎて死にそうだぜ!」
SRTのオフィスで、クルツは椅子に背もたれて、悲痛な声をあげた
「るっさいわね。だったら書類仕事でもやっとけば」
同じ部屋にいたマオが、クルツの愚痴に聞き飽きて、イライラした口調でそう言ってくる
「んなもんとっくに済ましてるよ」
「あら、珍しい」
「他にやることが全然ねーんだぜ? 次の仕事が来るまで待機っつったって、ここじゃあ時間潰しできるもんがねーじゃねえかよ」
「まあ、それもそーね」
同意してから、マオもノートパソコンをカチカチといじる
それは仕事ではなく、ソリティアという、ちょっとしたゲームをプレイしていただけだったりする

すると、ウィーンと扉が開き、そこに見慣れた男が姿をあらわした
「帰ったぞ」
「ソースケ!」
いきなり二人がかりで自分の名前を叫ばれたことに、宗介はなんとなく眉をしかめた
「どうかしたのか?」
「いやあ、ヒマしてたもんでよ」
「そうか。……大佐殿は?」
「ああ、テッサちゃんなら会議に出ててよ。あと数時間ぐらいしたら帰ってくると思うけど」
「了解した。ああ、クルツ。頼まれた物を持ってきたぞ」
と、宗介はクルツに、ずいぶんと中身の詰まった袋を手渡した

「おーっ、やりぃ!」
「なに? それ」
マオが興味深そうに、その袋を覗こうとすると、宗介が答えた
「パズルだ。クルツに、なにか暇つぶしになりそうなパズルを持ってきてくれ、と頼まれたのでな」
「あぁ、なんだ。パズルか……」
ちょっと拍子抜けしたように言って、マオは納得した

「おっ、結構あるじゃん。サンキュー」
その袋の中には、いくつもの、変わった形状をしたパズルが入っていた
クルツはその内の、カギの形をした金属が三つ繋がれた形状のを手に取った
「んじゃこれやってみるか」
「それは知恵の輪だそうだ。千鳥に勧められたひとつでな」
「なんでもいーよ。じゃあ、さっそく……」
クルツはその知恵の輪を、ガチャガチャといじりはじめた

「あ、ソースケ。ここの設定のことだけどね……」
マオはソースケに、前から相談したいことがあったことを思い出し、ノートパソコンの画面を指差し、宗介を呼びつけ、しばらく議論を交わすことになった



一時間後

「オーケー、それじゃその線で行くわ」
ようやく議論がまとまり、マオはパタンとノートパソコンを閉じた
「……ん?」
そしてふとクルツのほうを見ると、彼はじっとりと脂汗を流し、いまだに解けない知恵の輪と、ぎろりとにらみ合っていた
「あんた、まだやってたの?」
だが、よほど集中しているようで、クルツはぴくりとも反応しなかった
マオの言葉が耳に入らないほどに、そのパズルに熱中してしまっているらしい
「くそっ、あーでもねえ。こうでもねえ……。全然解けねえ」
ぶつぶつぶつぶつと、一人文句を垂れながら、それでもカチャカチャと知恵の輪をいじりまわしている
「…………」
それを見て、よっぽどヒマだったのねーと、マオは思った

「どうしたクルツ。そんなことでは爆弾解除もままならんぞ」
マオと議論を終えた宗介が、クルツの横に立つなり、そう言ってきた
「るせえ! だったらてめえもやってみろってんだ!」
クルツは、その知恵の輪を宗介に渡して、「ほらよ」と促してきた
「ふん。こんなもの、爆破処理を得意とする俺には造作もない」
手渡された宗介は、いつもの爆弾を解体するような手つきで、知恵の輪をカチカチといじりだした
「こうして、ここをひねれば――」
と、得意満面で進めていた宗介だが、その知恵の輪は途中でガチリと悲鳴をあげて、それ以上回らなかった
「…………」
「くくっ。どうしたんだよ、軍曹さんよぉ」
クルツが嫌な笑みを浮かべて、宗介を見上げてくる
「い、いや待て。少々手順を誤っていただけだ」
「あれぇ? 戦場では爆弾解除の手順を誤ると、死んでるよぉ」
「黙れ」
すぐにその手順を変えてみて、再度パズル解除に挑む
だが、それでもガチリと金属音がしただけで、それは解けなかった
「くっ……」
なかなか思い通りにいかず、宗介は悔しそうに、口端をぎっと噛みしめている
「へへっ。まあ、頑張ってみろよ。オレは別のを解いてみるからよ」
宗介の失敗ですっかり機嫌を戻したクルツは、袋からまた別のパズルを取り出し、それに挑戦し始めた

(……なーにやってんだか、まったく)
大の男がパズル相手にムキになる様を見て、マオは苦笑した
「これのなにがいいのかしらね……」
と、なんとなくひとつパズルを手にとってみる
それはワッカにいびつな星の形がはめこんであるタイプだった
「こーんなもん、力で押してしまえば……」
ワッカにはめられた星を上から押し出そうと、ぐいっと力を込めた
ところが、星の先端部分がワッカに引っ掛かって、とても押し出すことができない

その星は中央の小さな金属の球体から、先の鋭い針のような突起物がいくつか飛び出てて、それがクリスマスツリーのてっぺんにあるような星の形に見えるのだ。
だがそれぞれの突起の長さが違っており、その長さの端から端まではワッカの直径より少し長い程度で、はみだしてしまう
そうなると、絶妙な角度でない限り、星をワッカから出すことができないのだ

「あら?」
さすがに単純な力技では無理か、と思い直し、今度は星を少し回転させて、再度押し込んでみる
しかし、それでも微妙に引っ掛かってしまい、どうにも上手くいかない
「くっ、生意気な」
いつの間にか、マオはそれに没頭していたのだった



三十分後

昼飯の時間がきて、隊員たちはこぞって食堂に向かっていく
その食堂の一端で、クルツと宗介、マオら三人は、食堂のメシをテーブルの上にまで運んでおいて、それでも時間が惜しいのか、食事を横に置いたまま、持ち込んできたパズルに夢中になっていた
「おい、あいつらなにやってんだ?」
「さあ?」
食堂の兵士たちがそれに注目するのも無理はなかった
その三人はなんとも凄い形相でガチャガチャガチャガチャと手元のパズルをいじっているのだから
そうなるとヒマを持て余してる他の隊員達も、三人の様子が気になり、話のネタにして、近くの隊員とささやき合っていく

すると、一人の若い隊員がついに、三人に声をかけた
「ねえ、なにしてんの?」
「あぁ?」
邪魔されて、あからさまに不機嫌顔で三人が振り返った
それに一瞬怖じ気づきつつも、その若者は好奇心のほうが勝っていた
「それはなに?」
その問いに、むすっとしたままの宗介が答えた
「パズルだ。やりたいなら、そこの袋にたくさん入ってるぞ」
「あ、じゃあひとつ」
「へえ、懐かしいわね。じゃああたしも」
「俺もやろっと」
手ごろな暇つぶしを見つけると、食堂の隊員たちは次々とパズルを拝借していき、それに挑み始めた



一時間後

カリーニンが遅い昼食を取ろうと食堂に向かっていると、途中でマデューカスに出くわした
「おや、中佐殿も今から昼食ですか」
「うむ。少し後片付けに追われてしまいましてな。少佐も一緒にどうかね」
「では……」
二人は足並み揃えて、食堂に入っていく

「うっ」
その食堂に入るなり、その室内から溢れてくる重苦しい空気に当てられ、二人は思わず半歩後すざった
見れば、食堂内の隊員たちの誰もが、手元のパズルをガチャガチャガチャガチャといじってはぶつぶつ文句を垂れ、イライラしていた
「嘘だろコレ。ムリムリムリ」
「おああああああああ。これでも駄目かよっ」
「外れねえ外れねえ外れねえ」
解けない苛立ちに嘆きながら、頭を抱えてはのたうちまわったり、パズルに向かってチョップを振り下ろしたり、壁にゴンゴンと頭を打ちつけていた
そんな隊員たちの様態は、はたから見れば、奇行としか見えないだろう
「……なんだ?」
「さあ……」
さっぱり事情が飲み込めないマデューカスとカリーニンは、お互いを見て、首をかしげた

「あり? あそこで立ち尽くしてんのは中尉と少佐じゃねえか」
またひとつパズルを苦心して解いたクルツは、ふうと一息ついていると、食堂の入り口にいた二人を見つけたのだった
すると、その二人と視線が合い、こっちに歩いてきた
「ウェーバー。連中はなにをしているんだ? 見かけないと思ったらここに全員集まっているではないか」
「へへ、ちょいとみんなでパズルを解いてるとこで」
「パズルだと」
「あ、中佐も一つやってみます? あと少しで制覇できそうなんすよ」
その食堂の机の上には、解かれたパズルが十数個並べられていた
そして残り少なくなった数個を解くことができれば、宗介の持ってきたパズルを全部制覇できる。というところまでに至ったのだった
「連中はそれに熱中しているわけか……」
見渡せば、誰もがそれに夢中になっているようだった
いつの間にか隅のほうに佇んでいたクルーゾーまでもが、それに没頭している
「ふん……くだらん」
マデューカスは、そのパズルを手にとり、訝しげに眺めた



さらに一時間後

会議が終わり、テッサはその基地に帰ってきた
「あら? みなさんどこに行ったんでしょう?」
廊下を歩いていても、誰ともすれ違わない。
それを不思議に思ったテッサは、隊員たちの姿を探してみようと、一つ一つ部屋を覗いてみる
「……いませんね?」
耳を澄ましてみると、どこからかかすかに声らしきものは聞こえる
「食堂のほうからですね……」

たたた、と食堂まで駆けてみると、そこにやはり隊員たちがいた
ホッとして中に踏み入ると、なぜか急に、ひどく異質な空間に入り込んでしまったような感覚に襲われてしまった
その空間だけが、何者にも邪魔は許されぬ、ぴりぴりとした鋭い刃が張り巡らされているようだった
そして異様な熱気がこもっており、まるでそこだけ室温が2度ほど高くなっているような気がする
「……?」
みんなは食堂の中央に置かれたパズルを囲むようにして、輪になって座り込んでいた。
「くそう、これが最後のひとつだってのに……」
そこから離れた机の上には、たくさんの解かれたパズルが丁寧に並べられていた
そして残るは、その中央に置かれているパズルたった一つだけとなっていたのだ
しかし、これがどうして。このシリーズの中でも最も難しいとされているパズルらしい。
それはいくつもの長方形の棒状の金属がうまく重なり合って正方体に組み立てられたものだった。そしてそれをバラバラにするのが、このパズルの目的だった
だが、何度試しても、それは堅く封印されてるかのように、そのパズルは形を崩すことはなかった
あと、たったこれだけだというのに
そしてこれをどう攻略するか、みんなでこうすればどうだ、と議論し合っていたところだった
それにかける熱意に、間違いなく、今のミスリルは心がひとつになっていた
「こうなったら勢いに任せて、適当にいじってみるか?」
「いや、待て。下手に形を変えたら、余計難しくなるぞ」
みんながみんな、考え付く限りの慎重な検討を述べ合っている

しばらくして、検討に検討を重ね、ひとつの手順が導き出された
「よし。では試してみよう」
と言ったのは、そのパズルの正面に構えたマデューカスだった
そしてその手が、ゆっくりとパズルに触れていく
その動きひとつひとつに、みんなはごくりと喉をならし、行く末を見守っていた

マデューカスは、まず中央の棒を右へずらし、そこに空間をつくった
そしてその空いた空間を埋めるように、左側の棒を九十度回転しておく
それから、左端の棒をぐっと外側に押してみた
これで、絶妙に空いた空間をぬって、金属の棒が端から取れるはずなのだ
だが、金属の棒は途中で引っ掛かってしまい、それ以上押し出すことができなかった
つまり、この試みは失敗に終わってしまったのだ

その結果に、まわりのギャラリーたちは失意のため息を漏らした
Oh(オウ)……Sit(シット)!」
誰かが忌々しげに、チッと舌を打つ
「ジーザス……どうしろってんだ」
疲れたように軽く首を横に振る者
信じられないとでもいうように失意する者
「神はこの世におられないのか」と嘆く者
みんながみんな、結果に失墜し、うなだれる。
すると、それが次第にストレスとなって、イライラが募ってきたようだった
だが、そんな威圧にも、激しい罵倒を浴びせても、パズルの形は崩れない

隊員たちは、どうあがいても一向に解決のきざしが見えないことに、いい加減にうんざりしてきていたのだ
それは宗介も同じことだった
彼にとってはめずらしく、苛立ちを顔に出していた
「いっそ爆破してバラバラにするか?」
眉根を寄せて言った宗介のその提案に、しかしクルツは軽く首を横に振って否定した
「落ち着けソースケ。そんなことしたらオレたちは負けを認めたことになる。こいつには、真っ向から解かなきゃならねえんだ」
「むう……」
「その気持ちはよく分かる。よく分かるよ。だが、ここは堪えねえといけねえんだよ」
その言葉は、その場の隊員たちにも向けられていた
そして誰もが、目の前にあってなにもできない自分が不甲斐なく、その無力さに絶望していた
悔しい、と女子隊員が漏らし、涙して、それを肩を抱き寄せて慰める者もあらわれてきた

「こいつに気でも放ってみるか? なにか起こるかもしれん」
クルーゾーが手をパズルに向け、はああ、と気を集中していく
「いや、そんな仕掛けじゃねえと思う」
クルツはクルーゾーの提案をあっさりと却下した

するとマデューカスが、老婆心から知恵を提供した
「オイルでも注してみたらどうかね?」
「いや、おっさん。そういう問題じゃねえから」
これまたあっさり却下され、マデューカスはしょんぼりと肩を落とした


「こうしてみたらどうです?」
ひょいと輪の中に入ってきたテッサは、そのパズルに思い描いた手順を実行してみた
まず、カチカチと外側の棒をひとつひとつずらし、外側を少しずつ崩していく
「そうしたら、ここをひねってみて……」
内側よりの棒を何本か、回転させていく
「そうして、ここを抜いて、これをここに差し込めば……」
抜いた棒を、ぽっかりと空いた穴に差し込み、ぐいぐいと押し込んでいく
すると、中にあった棒状が反対側から押し出され、それはコトンと音をたて、ひとつの部品として床に落ちた
それが支点となる棒だったのか、とたんに他の部位ももろく、バラバラと崩れていって、それはただの棒の集まりと化した
つまり、そのパズルはテッサの手によって解かれ、バラバラになったのだ
「ほらあ。できました」
嬉しそうにテッサが言って、ぱちぱちと手を叩いて一人喜んだ

「…………」
だが、まわりがしーんと静かになっているのに気づいて、テッサはハッと息をのんだ
――そうだ。この人たちは長い時間をかけてパズルに挑んでいたのに、後から来たわたしが解いちゃだめですよね
見れば、みんなはぶるぶると全身を震わせ、俯いている
「すっ、すいません。わたし、余計な真似を……」
と、謝ろうとした次の瞬間、隊員たちは一斉に立ち上がり、ワアアッと歓喜の声をあげ、拳を高々に掲げた

Yeah(イエアー)! やったぜぇっ! これで俺たちの勝利だッ!」
その湧き上がる喜びを分かち合うように、近くの隊員と手をパンッと叩き合った
「はッはーッ。見ろよ、完全にバラバラになりやがったぜ!」
心から嬉しそうに、バラバラになったパズルの残骸を指さしてガッツポーズをとる
宗介もこの時ばかりは興奮して、その顔には赤味が増していた
「ふんッ。しょせん俺たちの敵ではなかったということだなッ」
宗介はえへんと、そのパズルを指ではじいた
そして隊員の三人がパズルを囲むように揃って、そのパズルの残骸に向けて突き出した両手の親指を立て、それを下に向けてぐいっと振り下ろした
Bomb(ボォン)!」

それから、ある者は、あまりの偉業の達成に、感動の涙を流し、
そしてある者は解き終えたパズルに対し、うっぷんを晴らすように罵倒を浴びせ、
さらにある者は、そのバラバラになったパズルを踏みつけて、ぐっとポーズをつけて記念撮影をする者などが、後を絶たなかった

「……ずいぶんと楽しんでるみたいですね」
にっこりとテッサが言うと、その時に初めてテッサの存在に気づいた隊員たちが、ハッと動きを止めた
「……? どうしたんです?」
「い、いや……」
隊員たちの誰もが、ついタガを外して騒いでいた自分に恥ずかしくなってしまった
「じ、自分は仕事がありますので、これで」
そしていたたまれないように、みんなはその場をそそくさと離れ、散っていったのだった


――これは、ミスリルの退屈だった日のある一幕

よほどヒマだったんだねぇ


▼あとがき


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