彼女と出会ってからというもの、自分は随分と変ったように思う。

具体的に言い出せばキリがないが、同僚の口から言わせれば「性格が丸くなった」・・・とかなんとか。

最近では、それに輪をかけて温厚になったとも言っていた。

もちろん、変われたことについて嬉しくないといえば嘘になるが・・・・・・同時に、少々困ることもしばしばあった。


例を上げて言うならば――他でもない「彼女」に関する時がそうだ。

自分を制する理性よりも先に、感情が、体が動く。





――――――今もまさにそうだった








liar for me











「今日は色々と世話になった。お陰で随分とはかどりそうだ」

「どーいたしまして。また何かわかんないとこあったら遠慮せずに言いなさいよ。ちゃんと教えてあげるから」

「助かる。―――では、失礼する」

「はいはい。んじゃ、また月曜にね」


彼女が優しく微笑んで、ばたん、とドアを閉めた。

それまで体中に感じていた温かさが、すぐさま冷たい夜風によってかき消されそうになる。

(・・・今夜は冷え込みそうだな)

突然の寒気にほんの少し体を震わせ、宗介はくるりと踵を返してここの向かいにある自室に向かって歩き出した。


週末の金曜日、午後九時を回った所。宗介は例によって例の如く、かなめに古典を教わっていた。

この休み明けの月曜日に提出しなければならない課題なのだが、相変わらず頭を抱える宗介を見兼ねて

かなめの方から「一緒にやってあげよっか?」と誘われたのだった。

彼にとってこれ以上ない援軍だった為断るはずもなく、親切丁寧に教わりながら夕飯まで馳走になり、

ようやく半分終わったところで、宗介の方から「後は自分で解く」と言って暇を告げた。




人気のない廊下を歩き、エレベーターの前に着く。下へ降りるボタンを押すと、静かに上る音が聞こえた。

待っている間に右手に持った古典の教科書を開き、一時も惜しまず先程の復習をする。

つい今しがた別れたばかりの彼女の文字で、ページの所々に赤字で要点などが記されていた。

それに気付いた途端、その時の彼女が脳裏に浮かぶ。



(・・・・・・いかん、まただ)


最近の彼は、こうした事が多くあった。

たとえば今のように彼女と別れた後。部隊の作戦に参加するため離れている時。

ふとした瞬間に、彼女の事を考えてしまうのだ。


いつもならばすぐに意識を切り替えて、そうした懸念を無理やり頭から引き離しているのだが。

今日はそれが出来なかった。むしろますます大きくなるばかりだ。



数分前の彼女と過ごした時を思い出す。




「いい?ここは、現代語とはちょっと意味が違うから――・・・・・・」


そうして辞典を指し示す、彼女のほっそりとした指先。

そっと目線を上げると、柔和な笑みを浮かべる彼女の顔がすぐ間近にある。

少し屈むたびに肩からさらりと零れる漆黒の髪。

そこから漂う甘い香りが、鼻腔をくすぐって。

とても心地良かった。


――実のところ、彼には古典よりもそんな彼女の方が気になって仕方なかったりもした。




あの時のそうした諸々の思考が手伝って、今は彼女の事が頭から離れないのだろう。


かと言って、このまま考え込んでいるのは非常に良くないような気がする。

せっかくあれこれと面倒を見てくれた彼女にむかって、なんて事を。失礼ではないか。


ぶんぶんと頭を振りながら、宗介は必死に雑念を振り払おうと努力した。

だが考えたくないと思えば思うほど、彼の頭の中は反比例を起こし

次第に何故か彼女が自分を呼んだような気さえ起こして、

十数メートル先にある、彼女の部屋の方を見やった。

中の様子こそ分かるまいが、これといって危険が迫っているとはとても思えなかった。



千鳥は無事だ。何の問題もない。きっと今頃テレビでも見てくつろいでいるのだろう。

俺のことも呼んでいない。―――しかし・・・・・・



胸に、なんともたとえようのない、複雑な感情がふつふつと顔を出す。




俺は―――・・・・・・




最後まで考えが至るより早く、宗介は手にした教科書を閉じて元来た道を再び歩き始めた。






チン、と小気味の良い音が鳴り、エレベーターのドアが開く。

しかし、出迎えるはずの人影はそこにはなかった。








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