窓から吹き込む風が、涼しく、乾いたものに変わってきた。
夏のうだるような暑さが嘘のように、いつの間にか過ごしやすい季節の到来だ。
「あ〜秋はいいわよね〜」
窓から身を乗り出すように外を眺めながら、かなめが言った。
顔にかかる髪を、かき上げるように手でおさえている。
「そ〜だね。何か気持ちいいよね」
彼女の隣で同じく風を感じているのは、親友の恭子だ。
その二人から少し離れたところに、宗介は立っていた。
何をするでもなく、ただ無言で彼女たちの話を聞いている。
一応、話の輪の中に入っているつもりなのだが、窓の大きさ的に彼がそこに首を突っ込むのは無理である。
そんなわけで、プチおいてけぼりな感じになってしまっていた。
「秋といえば、もみじ狩りよ」
「今時もみじ狩りとか楽しみにしてるジョシコーセーも少ないと思うけど…
カナちゃんは花より団子って気がする。ぶどう狩りとか梨狩りとか」
「あッ、ひどー!」
楽しそうに笑いあう二人。
宗介は、その話題にもついていけなかった。
もみじ狩りという単語の意味すら分かっていない。
もみじ…狩り?
日本の高校生は、狩りをするのか?
もみじとは、植物ではないのか?
ぶどうや梨は果物だが…もみじも食用なのか?
などとくだらない考えを巡らせていた。
「食欲の秋って言うしね。帰りにトライデント焼き食べに行こうよ」
「う…うん、行こ」
かなめは、ちょっとだけ口ごもったが、そこは素直に同意する。
「あんたも行く?」
彼女が振り返って、後ろの宗介に訊く。恭子もつられるように彼の方を見た。
「狩りへか?」
「ちょっと、話聞いてた?いつ狩りへ行くなんて言ったのよ」
宗介のボケ返答に、かなめは呆れ顔でツッコむ。
「カナちゃん…もみじ狩りのこと勘違いしてるんだよ、相良くん」
恭子がフォローする。
そして、何かひらめいたように、
「そうだ。相良くんをもみじ狩りに連れてってあげたら?海外生活が長かったから、そういうの見たことないのかもよ?」
大きな瞳をキラキラさせながら、こころなしかわくわくとした様子で提案した。
「ん〜そうね。じゃあみんなも誘って…」
「あ、ううんッ!二人で行ってきなよ!その方が絶対楽しいよ」
「ちょっ…キョーコ!?」
慌てるかなめの耳元で、恭子は少し意地悪げに囁く。
「チャンスだよ、カナちゃん。
綺麗な紅葉をふたりっきりで見て、いいフンイキになること間違いなし、ねッ?」
「ねっ、じゃないわよ、ねっ、じゃ!
だいたい、あたしはあいつのことなんか何とも…」
「?…どうかしたか」
宗介が怪訝顔で声をかける。
「え…う、と…」
彼女は言葉を詰まらせた。
正直、悪い気はしない。
彼に日本の紅葉を見せてあげたい、と今思ってしまったのだ。
きっといい経験になるだろう。
仕事で疲れている彼も、気晴らしができるに違いない。
だが、ふたりきりというのはやはり気が引ける。
夏の旅行が、あんな風になってしまったとは言っても…
「ほら」
かなめはしばらくうじうじとしていたが、恭子に背中を押され、やがて意を決したように。
「・・・・・ソースケ、今度の日曜日・・・・・ヒマ?」
電車を乗り継いで数十分。
窓の外に見える風景が、いつも目にしているそれとは違うものになってきた。
高層ビルやマンション、デパートなどの無機質な建物が消え、民家と、それに負けないほどの面積を占める森林とが広がっている。
だいぶ都心から離れたようだ。
「どこへ行くんだ?」
「まだ内緒。着けば分かるから」
思わせぶりにそう言って、かなめは窓の外に目を向けた。
電車を降りてから、彼女はガイドブックのようなものを取り出して、それを見ながら歩き出す。
宗介は黙って後に続く。
―――
しばらく歩いただろうか。
広い辺り一面を、緑で覆われた一角。
その森の切れ目と思われるところに、鳥居と奥へのびる石段とがある。
どうやら、神社のようだった。
「ここは?」
「秋を感じられる名所?かな。
あんまり人に知られてなくて、穴場らしいのよ」
「・・・・・ふむ・・・・・」
いまいち理解しきれていない様子の宗介を引っ張って、かなめは石段を上がっていく。
その頂上まで辿り着くと、二人は感嘆の声を上げた。
そこはまるで別世界だった。
神社を取り囲むように木が生い茂り、それが紅葉して鮮やかに色づいていた。
真上にぽっかりとあいた穴のように枝葉の切れ目があって、そこだけ周りと切り離された空間のように、澄み切った青空と白い雲がのぞいている。
木々の隙間からこぼれた光の粒が、キラキラと降り注いで、二人の顔を照らしていた。
入り口では緑色しか見えなかったのに対し、上りきったときに初めて目の前に広がる秋の色が、より深い感動を与えるのだろう。
赤や黄、オレンジに輝く、幻想的で情緒的な光景に、しばらく立ちつくしていたかなめがぽつりと口を開いた。
「すごいでしょ?東京に、こんな場所があるなんて」
「…ああ…」
ほうけたように宗介が応える。揺れるオレンジを見上げたまま。
自然豊かな環境で育った彼も、これほど綺麗な紅葉を見るのは初めてだった。
いや
―――――
見えてなかっただけかもしれない。
自分から見ようとしなかっただけで、少し視野を広げれば、どこかに、どこにでも、こんな風景は存在していたのかもしれない。
そんな余裕もなかったのだろうか
――――
「
―――
昔ね。
こんな素敵な紅葉を、母と一緒に見た記憶があるの。
たぶん、ここじゃないと思うけど…」
しんみりとした口調で話し始めるかなめの声に、宗介は黙って耳を傾ける。
「すんごく小さい頃だったから、はっきりとは思い出せないけど…その時に見た色だけは、今でも鮮明に覚えてる。
…やっぱりこんな感じだった。
ガイドブックでここのこと知って、ずっと来てみたいって思ってたの。でも、なかなか機会がなくて…
今日、ソースケと一緒に来れて良かった」
彼女が話し終えると、また静寂が戻ってきた。だがそれは、居心地の悪い沈黙ではなかった。
風の音、木々のざわめき、そして鳥の声だけが響く。
秋という季節が、なぜか寂しく、哀愁を感じさせるのは。
夏の活気に満ちたにぎやかさが身をひそめ、何かが終わった後のような独特の気だるさが漂うせいなのだろうか。
「・・・・・綺麗だな」
ずっと頭上を見上げていた宗介が、急にかなめの方を向いてそう言ったので、彼女は思わず目をそらした。
自分のことを言われているわけではないのに、なぜだか照れくさかった。
「また、来ようね?その・・・この次の秋も・・・
・・・・・一緒に・・・・・」
かなめは小さく、そしてどことなく控えめな声で言った。
その表情も、いつもとは違って弱々しげで、宗介は少し戸惑ってしまった。
「・・・・・ああ、来れたらいいな」
彼は視線を空へと戻して、独り言のようにつぶやいた。
END
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カナリア
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