勘違いのフルムーンライト・前編

 

 文化祭関連の仕事にもある程度片がつき、少しだけ平穏な雰囲気を取り戻した陣代高校生徒会。
なぜ「少しだけ」なのかは、ここではあえて語らないが。(いや、語る必要もないだろう)

 そんなわけで、本日の定例会議もつつがなく終了した。
時刻は黄昏時、夕日があらゆるものの影を伸ばす時間帯となった。
座りっぱなしの筋肉をほぐすために身体を伸ばす者や、今からの予定(秋口なので暗くはなっているが、
あまり遅い時間ではない)を嬉々として友人と計画する者。
そして副会長である千鳥かなめは、いつも連れ立っている忠犬――もとい、
護衛役の相良宗介にエサを与えて餌付け――再びもとい、夕食をともにとろうと画策していた。

「ソースケ――」

「千鳥。今日は先に帰ってはくれないか?

これを渡しておく、十分に注意して帰宅してほしい」

 誘おうとした矢先に機先を制されて口をパクパクしているうちに、宗介は彼女に防衛具と思われるものを手渡す。

 スタンガン、催涙スプレー、特殊警棒、閃光弾、エトセトラエトセトラ・・・
どこから取り出したのか首を傾げるほどに、その量と種類は豊富であった。
一般的な女子高生でさえ、これらを使えば変態な犯罪者の屍が山のように積まれるであろう。

「・・・しょうがないわね・・・待つわよ。早く用事を済ませなさい」

 かなめにしては珍しい、それこそ明日雪が降るどころでの騒ぎではなく、
台風とハリケーンとサイクロンが列をなして同時に突っ込んでくるくらいの奇跡的な態度であった。
だが、最強の朴念仁相良宗介に、そのような事を気づけと言う方が間違いである。

「いや、閣下と内密な相談があってな、できれば早々にこの場から立ち去ってほしい」

「センパイと・・・?」

 かなめは生徒会室の上座に視線を向けた。

 そこには銀縁眼鏡のオールバック。やたらと貫禄のある男が雑誌片手にお茶をすすっていた。

 彼が「センパイ」「閣下」こと林水敦信。陣代高校の生徒会長を務める男だ。
読んでいる雑誌が「月刊盆栽マニア」であるのは置いておいてほしい。

「いったい何の話よ・・・」

「だから内密だと言っている」

 断固として答えを拒否する宗介に、かなめは切り札の一枚を出す。

「ふ〜ん。今日はカレーを作ろうと思ってたけど。それじゃあ仕方がないか、止めにしましょう」

 あくまでもさりげなく。下手に交渉する雰囲気を出そうものなら、そこは宗介の土俵だ。
その土俵では、彼は無敵のソルジャーだという事をかなめは知っていた。

「・・・・・・」

 冷や汗を流して瞳を泳がせる宗介。どうやらかなめの餌付けの効果は着実に現れているもよう。

「う・・・うむ。それは・・・ざ・・・残念だ。すま・・・なかった」

 冷汗を脂汗に変え、言葉を搾り出すように、途切れ途切れに謝罪の言葉を述べる宗介。

 切り札でも教えないとは・・・ここまで頑固ならあきらめるしかないか。

 かなめは「ふうっ」と息を吐くと、かばんを持って生徒会室から退出した。

「よかったのかね?」

 雑誌見目を通しながらも話を聞いていたのか、林水が宗介に尋ねる。

「はっ!大丈夫であります!」

「ふむ・・・そうか。で、話とは何かな?」

 雑誌を閉じ、口の前で手を組んで話を聞く態勢を作る。

「実は閣下におりいって頼みが――」

 と、話を切り出そうとしたところで、宗介の右手が閃いた。

タンッ、タンッ、タンッ

 愛銃であるグロッグ19を抜き放つと、立て続けに三発、銃弾を発射した。
その弾は生徒会室のスチール製の扉に正三角形を描くようにして弾痕を穿つ。

 銃を構えたまま扉を見つめる宗介。

「どうした?相良くん」

 目の前で発砲されても林水は落ち着き払っていた。

 そう尋ねられた宗介は緊張の糸を解き視線を向ける。

「扉の外に気配を感じました」

 これがかなめであったなら「その程度で発砲するなぁぁぁぁっ!」とブレーンバスターの一つでもかけたのだろうが、
林水は淡々と「そうか」と言っただけである。

 鈍いのか、それとも、図太いのか・・・・・・・。

「それでは――」

 今度こそ宗介は用件を切り出した。

 

(ったく・・・危ないじゃないのよ、あの戦争馬鹿!)

 薄暗い廊下にへたり込むかなめは、切羽詰ったような表情と怒りの表情を同時に顔に浮かべていた。

 まったくもって器用なものである。

 そう、今まさに彼女のすぐ傍を銃弾がかすめていったところであった。

 陣代高校を代表する二大変人が密談をすると聞いて、気にならないはずがない。
かなめは気配を殺して生徒会室のドアに張り付いていたのだが・・・
一瞬会話が途切れたのを不審に思い、ドアから身を引いた瞬間にこのありさまだ。
うかつにドアに近付かない方が身のためだろう。当然会話は聞き取りにくくなるが、命との天秤ならば言わずとも、である。

「それは・・・・・・とれるの・・・・・・」

「・・・・・むずかし・・・・・こうがい・・・・・」

 よって断片的な会話から、推理するしかないのだが。

「・・・・なぜ・・・・・・・かざり・・・・・」

「・・・・おおくは・・・ちゅうごく・・・・」

 なにやら日本では取れにくいようなものの話をしているようだ。中国にはあるということか?

「・・・・・しかし、きけん・・・・・やけど・・・・」

「もちろ・・・・・・かくごの・・・・・・・」

 それに危険なことであるらしい。『火傷』?火器を使うのであろうか

 普通なら一笑にふしてしまうような推理だったが、扉の先の二人なら実行可能な気がしてならない。

「・・・・いこな・・・・・・ひつよう・・・・・・」

「しろいこ・・・・・・りょうかい」

「しゅるいが・・・・・・・・まちがえる・・・・・・・」

「・・・・・おどして・・・・・・・」

 『いこな』『しろいこ』――白い粉!?『種類が』!?『脅して』!?

 なんて物騒な会話なのだろう。

 今までの話から想像すると、麻薬の密売でもするのだろうか?

 宗介が海外に持つ物品入手ルート。林水の得体の知れない経済流通ルート。

 確かに。考えられないことじゃないし、余裕で実行できそうだ。

 実際に宗介はかなめにケシの花を渡した経験もある。

「では、九月のX日に」

 それだけははっきり聞こえた。

 それと同時に宗介の気配が近付く。

(逃げなきゃ!)

 本気で命の危険を感じたかなめは、本職の軍人をしのぐ隠密術でその場から逃走した。

 

(続)



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