一成の作戦

作:アリマサ

八組の教室で、椿一成は机に突っ伏して、鬱なため息をついていた

「はあ……」
「どうしたの、イッセーくん。そんなため息ついて」
一成の背中に抱きついている稲葉瑞樹が、その背中を頬ずりしながら聞いてくる
「おまえのせいだっ。いい加減、オレにまとわりつくなっ」
「んー、あったかーい」
やっぱり、聞く耳すら持ってくれない
諦めて、またも机に突っ伏して、その状態で廊下をぼーっと眺める

この瑞樹のアタックは何日も続いてきて、それは一成の格闘修行にも影響が出てきてしまうほどだ
この間、仕方なく相良に相談したが、結果は相良の野郎とラブラブだとか、おぞましい疑惑で終わってしまった
それも誤解が解けると、すぐにこの女はまたオレにまとわりついてくる
「どうにかならねえのか……」
背中の重みを感じつつ、一成は考えた

すると、その視線の先の廊下を、相良宗介が横切り、その後を千鳥かなめが追いかけている
どうせまた相良のバカが、なにかやらかして、千鳥のせっかんを受けているのだろう
しかし、その状況でさえ、一成にはうらやましかった
千鳥になら、地の果てまでも追いかけられたいと思う
しかし、現実にはこのミズキとかいう女だけが追い掛け回してくる状況だ

「くそっ、なんで相良の野郎だけが、いい思いをしやがるんだ」
めらめらと宗介の顔を頭に思い描き、憎まれ口を叩く
すると、まるで神が導いてくれたかのように、一成にいい考えが浮かんだ
(そうだ。この女に、相良の野郎をくっつけてやればいいんだ。そうすれば、千鳥はオレと……)
普段の一成なら、こんなことは考えないのだが、何日も瑞樹につきまとわれて、一成は思った以上に追い詰められていたのだ
「そうだよ。それで全部解決するじゃねえか!」
あの相良では、瑞樹を好きになることはないだろう。だが、瑞樹に宗介を惚れさせれば、つきまとう対象は向こうに移る
それだけでも、一成にとって、ありがたいことだ

「なあ、ミズキ」
と、後ろを振り向くと、さっきまで背中に抱きついてたはずの瑞樹の姿はなかった
「あ?」
見回しても、教室にはいないようだ
しかたなく、クラスメイトの女子に聞いてみる
「なあ、稲葉って女がどこに行ったか知らないか?」
「もう休み時間が終わったから、教室に戻っていっちゃったよー」
「ああ、そうか」
考え事をしてるうちに、それだけ時間がたっていたらしい
しかたなく、その作戦は、昼休みに決行することにした



そして昼休み

チャイムが鳴ると、さっそく一成は廊下に出て、瑞樹のいるクラスへと向かう
「まずはあの女を探さねえとな」
すると、向こうから瑞樹が走ってきて、抱きついてきた
「イッセーくぅん」
「……探すまでもなかったな」
まあ、今回は早くて助かる
「なあ、ちょっと来てくれ」
と、声をかけると、瑞樹は喜んで一成の後をついてきた

そして二人は、宗介のいる教室の前へとやってきた
すると、瑞樹が不満げな声を出す
「ねえ、こんなとこ来てもムードないよ。屋上行こ」
「違う。それより、あの相良ってやつ、どう思う?」
「どう思うって……」
すると、みるからに眉根を寄せて、嫌そうな顔をしてみせる
「あんなの、戦争バカ以外のなにものにも見えないんだけど」
「まあ、そうなんだけどよ」
うーむ、やっぱり相良は、良くは思われてないようだ
だが、ここで諦めては、これからの高校生活が、この女につきまとわれてしまう毎日になってしまう
ここはなんとか、ウソをついてでもあいつを誉め称えて、惚れさせるしかないな

「で、でもよ。あいつ、容姿はなかなかいいんじゃねえか? 程よく引き締まってるしな」
「あたし、あいつの顔を見ると、ファーストキッスを奪われたことを思い出して、むかっ腹立ってくんのよね」
「え……」
瑞樹が言ってるのは、偽のデートの、公園でのキスのことだが、それを知らない一成には、正直驚きを隠せなかった
いつの間にそんなことがあったんだ? 
だが、これは都合がいいかもしれない
キスを奪われたということは、一時的でも、そういう感情があったということだろう
もっと別の面をウソでも誉めてやれば、うまくいきそうな気がした

「あいつ、あれで根は真面目なんだ。言われたことは必ず実行するしな」
「まあ、それはありそうね……」
「それに、腕もたしかだ。武器に頼る傾向が強いが、素手でもかなりの実力者なんだぜ」
「へえ、そうなんだ」
食いつきがよくなってきて、一気に攻め立てるチャンスだ、と一成は先を続けた
「それでだな……」

「俺になにか用なのか?」
「え……」
すると、奥の窓際にいたはずの相良宗介が、いつの間にか一成たちの前に来ていた
「さっきから、俺を指差しては、なにやら言っているだろう。俺に用事があるのではないのか?」
「え……あ……」
さすがに、この展開は予想していなかった
すると、瑞樹がそれに答えた
「イッセーくんがね、あんたのことについていろいろ教えてくれてるの」
「ほう……」
「で、続きはなに? イッセーくん」
「え……」
続きを促され、一成は固まった
続けるのか? コイツの前で、誉めろというのか?
いくら作戦だとしても、本人の前で褒め称えるのは、耐え難い屈辱だった
だが、ここで止めてしまっては、今までの作戦がパアになってしまい、これからも瑞樹につきまとわれてしまう

「どしたの、イッセーくん。それで、なに?」
「う……」
ウソでいいんだ。心にもないことを並べ立て、ごまかせばいい
だが、それでもこの野郎の前で、世辞を言うなんて、そんなこと……
口を動かそうとするが、なかなか声が出ない
拒否反応の表れか、身体がぶるぶると震えてきた
「う……あ……」

必死に堪え、ぎっと口を噛みしめ、続きを言った
「き……器量がいいしな。なんでもそつにこなすし、や、優しいんだぞ」
「椿。どうかしたのか? 涙が紅いぞ」
「い、いや。気にするな」
袖で血の涙をぐいっとぬぐうと、作戦を続行した
「こ、子供からお年寄りまで気を遣ってやれる。だが、それを鼻にかけたりしない、いい奴なんだ」
「へえー」
瑞樹の、宗介を見る目が、わずかだが変わってきている
作戦は順調のようだ

すると、瑞樹がすこし疑いげな目で見上げて、宗介に聞く
「それ、ホント?」
すると宗介は、臆面もなくうなずいた
「肯定だ。俺は、むやみやたらと一般市民を射殺するような悪人概念は持ち合わせていない」
「いや、そーじゃなくて。アンタって実は優しいのかってこと」
「それも肯定だ。俺は実は優しいのだぞ」
素なのか、それとも分かって言っているのか
その偉そうな返答に、一成は、宗介のどてっ腹に血栓掌を叩き込みたくなった
「そっ、そうなんだ。さらにな、こいつには結構人望があってだな……」
胃をかきむしる思いで言い放つ一成の世辞を、宗介はうんうんとなぜか嬉しそうにうなずいていた

一成の世辞は続く
「さらにな、こいつはこう見えて、ボン太くんが大好きだ。寝る前にはおやすみのキスをしたり、『ラヴリーv』とか言って頬ずりしたりする、意外にかわいい面もあるんだぜ」
「…………」
すると、なぜか宗介は、ぽっと赤面した

「どしたの? ソースケ」
廊下で固まっていた一成たちのところに、千鳥がお邪魔してきた
「ち、千鳥……」
並べ立てる世辞を止め、一成は千鳥を向いた
「みんなでなにしてんのー?」
すると、宗介が口元を緩め、千鳥を輪の中に入れた
「千鳥も聞いていくといい。椿が、俺の評価をしてくれているのだ」
「えっ」
その言葉に、一成は世界が一瞬凍りついたような感覚に襲われた
すると瑞樹も、知り合いの知らない部分を聞くのは楽しいようで、わくわくしながらその続きを待っている
「へえー、ソースケを?」
千鳥も、興味を引かれたらしく、一成のほうを見て、聞く体勢に入った
「…………」
冗談じゃない
相良の野郎に、誉め言葉を聞かせるだけでも、胃液が逆流しそうな苦痛を強いられているというのに、よりによって、千鳥にもそれを聞かせることになるなんて

「え……あ、その……」
「どしたのイッセーくん。続きー」
瑞樹が、井戸端会議のおばさんみたいに、興味津々に聞いてくる
「…………」
すっかり、信じ込んでいる
少なくとも、瑞樹の中で宗介に対する見方は、いい方向に変わっていってるだろう
もう一押しすれば、好意を宗介の方に向けられるかもしれない
だが……
やはり、千鳥の前で、相良の野郎を誉めるなど、死神に魂を売り渡す行為に等しかった
くそう、そんなこと、口が裂けても言いたくねえっ

「どうしたんだ? 椿。口から血が滲み出てるぞ」
「う……いや。ちょっとな」
またも血をぬぐい、すっかり袖は紅く染まってしまっていた

台無しにする気か。せっかくここまで耐えてきたんじゃないか
もう一押し誉めてやれば、オレは瑞樹から解放されるんだ
もう、あんなうっとうしい日々は嫌だ
「こ……こいつはな……」
頭の中で天使のオレと悪魔のオレが、両方とも葛藤し、頭を抱えていた
いや、この一瞬だけだ。
この時さえ乗り越えれば、オレにはこの後の自由が約束されているんじゃないか
一成は、歯を食いしばって、作戦を貫き通す決心をした
「さ、相良は、学校のみんなにもさりげに優しくてな。だが見返りを考えてるわけでもねえし、それが当然のことと思ってる、いい奴だ。あと、結構キレ者で、なにかを行動するのに、常に先のことを想定して動いている。そしてなにより、頼もしいやつだ。なにに代えても、立派に守り通してくれるだろう。常に人のことを思いやれる、人情家だ」
次々と一成が口先だけでまくしたてると、宗介は、どうだ、と千鳥に言わんばかりに、何度もうんうんとうなずいている
すると、千鳥は一度宗介を見て、きっぱりと言った
「こいつがそんなわけないじゃない」
「!?」
あっさりと言い放つかなめの言葉に、一成はもちろん、宗介までもが大きく目を見開いた

「こーんなやつ、ただのバカよ。学習もできない、ただの暴走野郎の、陰気で、自分勝手で、どうしようもないヤツ」
「千鳥……」
宗介は、口を閉じることも忘れて、かなめの次々と飛び出る罵声にショックを受けていた
すると、一成が、その共感を覚える言葉に、ついに押し隠していた本音が爆発した
「そうだよなっ! こんな野郎、ただのバカだ!」
やっと本音が言えて、すっきりしたような一成に、宗介は「えっ?」と狼狽する
「そうよ。大体ね、こいつにはそもそも常識ってもんが……」
「ああ。それに、本当に卑怯で、陰湿で……」
その二人の本音は、お互い共感するようにまくしたて、もう止まらなかった



結局、一成の作戦は完全に失敗し、瑞樹はいつもとかわらず、一成に抱きついてくる
「イッセーくぅん」
すりすりと寄ってくる瑞樹を見て、一成はがくりとうなだれた
「終わった……」


一方、宗介はというと、
「俺はいったいなんなのだろう……」
と、一人うずくまって、いじいじしていたことは、誰も知らないことである

いろいろショックだろうなあ




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