ふもっふ 3

作:アリマサ

それはいつもと同じ朝だった

「あー、かったるー」
千鳥かなめは太陽の日差しを鬱陶しそうに思いながら、いつもの登校途中で常盤恭子と出くわした
「ふもっふ」
「うん、おはよ、キョーコ」
「ふもふもー」
「え? 駅前のケーキが安売りなんだ。ふーん、じゃあ帰り寄ってみよっか」
「ふもー」
このとき、まだ千鳥は違和感に気づいていなかった。
この異常事態に気づいたのは、教室に入ってからである

「ふもふもふもー」
「おはよ、小野寺」
いつものように、手を振って自分の席に行こうとする。だが、小野寺はなにかを喚いていた
「ふもっふもー!」
「どうしたのよ、慌てちゃって」
「ふもふもふもっ。ふもー」
「おかしいと思わねえのかって、なにを?」
「ふんもー」
「え? 喋る言葉が全部ふもっふになる? ……そういえば」
小野寺はボン太くんスーツを着ているわけではない。それなのに、よく聞けばふもっふ語で喋っていた
小野寺だけではない。クラスのみんなも、口に出そうとするのは全部ふもっふ語。
「ふもっふぅー」
「キョーコ。よく聞けばあんたもふもっふ語じゃない。なんで早く言わないのよ」
「ふもっふ……」
「え? あたしがいつものように接してくるから、つい忘れてた? ったく……」
「ふも? ふもふもー?」
「なによ小野寺。オレの言葉が分かるのか、って?」
「ふんもー」
「お前、ふもっふ語が分かるのかって? そういえば、なんでかあたしって分かるのよね。ふもっふ語……」
「ふもっ?」
「ふもふもー!」
クラスのみんなも、千鳥がふもっふ語を理解できることを知って、わらわらと彼女に群がっていく
そして千鳥をみんなで胴上げして、彼女の存在に感謝した
「ふんもー(救世主ー)」
わっせ、わっせと千鳥を崇めるように彼女をよいしょしていく
「ちょ、ちょっとやめてよ。下ろしてったら、もう」

*以下、千鳥の同時通訳が入ります
「ふもっふ、ふもー(それにしても、なんでいきなりこうなったのか)」
クラスのみんなが円陣になって、その中の小野寺が腕組みして言った
「ふもっふ、ふんも(起きたら、いきなりこうなってたんだよな。ったく、なんなんだ)」
「ふもっふる。ふもっ(でも、こうなったのはこのクラスだけみたいよ。さっき他のクラスの子につい挨拶したら、『アンタどこの星の生まれよ』って言われて恥かいちゃったもの」
「ふもっ、ふもっ、ふもー(異常が起きたのはウチのクラスだけかよ。ますます嫌な感じだぜ)」
「ふんもぅー(なんとかならねえのかよ。このままじゃみっともないよ。せめて原因は分からんのか)」
「ふもっふ。ふもっふ(そういえば、どうして千鳥は普通に喋れるのかしら……って、ええっ)」
「あ、あたし? そういえば、どうしてなんだろ。別にあたし、変わったことはしてないけど」
うーん、とみんなで首をかしげた

すると、ガラリと教室の戸が開き、相良宗介が入ってきた
「ふもっふ、ふもー(よぅ、相良ぁ)」
「うむ。……どうかしたのか、みんな」
ざわっと、クラスのみんなが彼に注目した
「ふもっふ、ふもっふ(相良の奴も、まともに喋れてるぞ)」
「ふもー、ふもっふ(相良ぁ。お前、なんともないのか?)」
「俺はいたって健康だが。なにか異常が起きてるようだな」
「もっふる。ふんもー(ああ、異常中の異常だ。オレたちどうなるんだ)」
「ふんもぅ、ふんもー(あたし、このまま授業に出るの嫌ー。恥ずかしくってもう喋りたくないわよっ)」
女子生徒の悲鳴を聞いて、宗介はふむと腕を組んだ
「それならばひとつ、俺に提案があるのだが」
みんなが『?』と彼の次の発言を待つ
すると宗介は、どこに隠していたのか、ボン太くんスーツを何着も引きずってきた
「これを着てみてはどうだ。これなら外見には違和感がなく、ふもっふ語を喋っても恥ずかしさは激減すると思うのだが」
さらに宗介は、丁寧にボン太くんスーツの機能を説明していく
「強化機能もついていて、中の温度を保つため、蒸れることなく快適だぞ。ぴったりフィットする着心地で、今なら無料貸し出しできる。その代わりといってはなんだが、他の者にもボン太くんスーツの良さを宣伝してほしいのだが……」
そこまで言って、宗介はクラスのみんなの目が、疑惑の眼差しに変わっていることに気づいた
「……どうした?」
「ふも。ふんもー?(相良ぁ。今回、やけに準備がいいなぁ?)」
「うむ。如何なる事態にも備えておくのは当然のことだ」
「ふんも、ふもっふ(宣伝ってナニかしら。まるでそれが目的みたいな言い方ね)」
「そんなことはないぞ」
「ふもっふ。もっふる(大して驚いてもいねえし。初めからこの事態が分かってたんじゃねえの)」
「気のせいだ」
しかし、クラスの尋問は終わらない。じわじわと、彼らの間に殺気が滲んできていた
「ふもっふ、ふもー(相良。正直に言え。オレたちになにをした)」
その言葉で、宗介はついに観念した

「昨日みんなに配った土産だが、それにある薬品を混ぜていた」
「もっふる。もふー、もふー?(昨日の土産って、『○い恋人』のアレか?)」
「そうだ。その薬品には『ボン太菌』を発症する効果があってな。ふもっふ語しか喋れなくなる」
「ふもっ。ふんもふんもー!(くっそー。国内の土産だから油断して食っちまったぜ)」
「だからあたしの時だけ、食べさせてくれなかったのね」
千鳥が、昨日のことを思い出して、ようやく納得がいっていた。
がっとクラスのみんなで宗介の胸倉を掴みあげた
「もっふる。ふもー(なんでオレたちにこんな真似しやがった)」
「うむ。個人事業のボン太くんスーツの売れ行きがよくなくてな。そこで、みんなに宣伝の協力をしてもらおうと、まずはボン太くんスーツのよさを知ってもらうために、スーツを着る必要性を生み出すきっかけとして……」
「ソースケっ。どうしてクラスのみんなをそんなことに巻き込むのっ。犯罪に近いわよ」
千鳥が先頭に立って、宗介に問い詰める。
だが宗介は、特に反省した様子も見せず、淡々と告げた
「現状で使えるものを最大限に生かすのは商売業の基本だ。かつてナチスは、軍資金を得るために、ある飲み物のCMに人間の目では認識できない速さである画像を見せる。それを見た国民は、その商品が買いたくなってしまったという事実が……」
ぐいっと、クラスのみんなはさらに胸倉を乱暴に掴み上げた
「ふもっふ。ふもっ?(解毒剤みたいなもんは?)」
「……カバンの中だ」



一時限の英語の授業で、神楽坂恵理は黒板の問題を解かせようと、相良を指した
「ふもっふ……」
「……相良くん。なにふざけてるの。この答えは?」
「ふもふも」
「先生ー。ソースケは『朝起きたら犬のジョンがいなくなっていた』って言ってます」
「合ってるけど……。千鳥さん。どうしてあなたが答えるの?」
「いえ、あたしは通訳しただけで、答えたのはソースケです」
「……?」
恵理は眉をひそめたが、また訳のわからないことに巻き込まれそうだと察したのか、次に進んだ

「ふぅ……」
宗介は深く息をついた
今、宗介はクラスのみんなに罰を与えられていた
それは、今日一日、宗介だけずっとふもっふ語でしか喋らないことだった。
宗介は隣の助け舟を出してくれた千鳥に感謝の意を伝える
「しかし、生身でふもっふと言うのは結構恥ずかしいのだが……」
「あれ、そうなの? あたし、ソースケはふもっふふもっふって言うのが好きなんだと思ってた」
「いや、あれはスーツが勝手に言語変換してるだけであって、こうして……」
そのとき、どこからか消しゴムなりシャーペンが飛んできて、宗介の額に突き刺さった
「相良ぁ。てめーは人間語を喋るなっ」
他のみんなもその声にうんうんと頷いた
「…………」
宗介は恥ずかしそうに少し俯いて、ぼそりと答えた

「……ふもっふ」

ふもっふ、ふもー


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