『 夜の白鳥 』






再び湖のほとりまでやって来ると、冠をかぶった白鳥も、その他普通の白鳥もまだいました。
当然石になってしまったクルツも、まるで銅像が建っているかのようにたたずんでいます。



「待っていろクルツ」



しばらく白鳥たちを見ていると、あの冠をかぶった白鳥だけ群れから離れ始めました。

行き先は……どうやらオノデラが不吉だと言った森のようです。



「見ろ」

「白鳥が群れから離れてどこへ行くってんだよ……」

「追うぞ」

「ちょ…王子〜……」



たとえ相手が白鳥だろうと…ソースケ王子は真剣に後をつけました。

まさか後をつけられているとは知る由もない白鳥は、間違いなく森の方へと進んでいきます。



「王子〜…やっぱりあの白鳥森へ行ってるよ…白鳥が…
 それもたった一羽で森へ行くなんておかしい…絶対おかしい」



不吉な森の噂を聞いたオノデラにはこれ以上後をついて行く事が出来そうにありません。
逆にソースケ王子はいたって冷静でした。

あまりにも怖がるオノデラを追い返してしまうほどに…。

その間も白鳥は森の方へぐんぐん進んでいきます。陸地から後を追うソースケ王子は、
たとえ途中行き止まりにぶつかろうともはたと見れば不気味な洞窟をも通る事になってでも…
白鳥の進む方向だけは見失いはしません。

そしてとうとうたどり着いたのは、やはりオノデラがおそれていたあの不吉な森の深部でした。



「森の奥にこのような所があったとは」



不吉な森は噂通りな場所で…気味の悪い館まで建っています。いえ、この館のせいで森までもが不吉に見えるようです。

もっとも、辺りはすっかり暗くなってしまっているので、その暗さのせいで気味悪く見えるのかもしれませんが……。



「このような所に白鳥が何の用があるというのだ」



森にこのような場所があり、驚きはしても決しておかしくはありません。
ですがそこにたった一羽の白鳥が訪れる事には理解しがたい場所です。

馬から下り、木の影に隠れて様子をうかがうソースケ王子。白鳥は岸辺まで来るとそこで立ち止まりました。

すると…………。



「な…んだと……?」



突然白鳥がまばゆい光に包まれました。決してまぶしくはないのですが、
白鳥の姿をその光が隠してしまうのは充分で…ソースケ王子が驚くのも無理ありません。

ですが、本当に驚くべき事はこの後でした。



「あり得ない。そんなバカな…」



光が収まると、そこには白鳥ではなく人間の女性がいたのです。

元白鳥だった女性は、ソースケ王子に気が付く事もなく館へと続く階段をゆっくりと上っていきます。
女性は真っ白いドレスを着ていました。よく見ればとても美しい女性です。



「だれ……?」



階段を半分ほど上ったところで女性がソースケ王子に気が付きました。
無意識のうちに歩き出したソースケ王子が小石を蹴ってしまい、その音で気が付いたのです。



「……ソースケ王子?」

「何故俺の名を…」

「だって、いつも湖のほとりを馬で駆っていたでしょう? それにあなたの家来が名前を呼んでいたわ」



湖のほとりでの事を知っているという事はやはりこの女性はあの白鳥で間違いないようです。



「君は一体何者だ?」



名を知っていた事に驚いたのは事実ですが、正直そんな事はどうでも良かったのです。

ソースケ王子にとって一番大事なのは、目の前にいる女性が何者なのか……でした。

白鳥なのか人間なのか………。



「……あたしの名前はカナメ。人間よ」



上りかけた階段を下り、ソースケ王子の元まで歩み寄り…白鳥だった女性、カナメは名乗りました。



「ではなぜ白鳥の姿なんかに…」



当然浮かんでくる疑問です。ですがカナメは答えてくれました。

心苦しそうに……。



「…レナードのせいよ」

「レナード?」

「魔法使いのレナード」

「魔法使いだと?」

「そう。そしてこの魔法は昼間だけなの。夜はこうして元の姿に戻れる…。
 ずっと白鳥の姿にさせておけないからってせめてものお情けなんでしょうね……」



まさかこのような境遇に遭っていた女性がいたとは。

ですがここまで話を聞くとクルツを石にしてしまったのはこの白鳥のせいではないという事が分かります。



「ではそのレナードのせいだな。クルツが石になってしまったのは……」

「昼間フクロウを見かけたでしょう?」

「ああ。やけに大きい気味の悪いフクロウが…まさかあのフクロウが…?」

「魔法使いのレナードよ。あいつはフクロウに変身するの。あの人、あたしに弓矢を向けたから…」



どうやらクルツが石にされてしまった理由は一応白鳥のカナメを助けるためだったようです。



「なるほど。ではそのレナードを倒せばクルツは元に戻るのだな」

「……っダメ!」



……どうもソースケ王子の考え方は荒っぽいみたいですね。
クルツを助けるためとはいえ、魔法使いに戦いを挑もうとするとは…。

ですが、カナメはそれをすぐに止めました。



「魔法使いには…人間の力で敵うわけがないわ!」

「何故だ。やってみなければ分からない。ここもそのレナードの館なんだろう?」

「ダメだよ…レナードはたった一人で国を一つ滅ぼす力を持っているんだから…。
 あたしの国はそうやってレナードに滅ぼされたの……」

「なん……だと…?」



カナメの制止も聞かずに…今にも館に飛び込んでいきそうなソースケ王子でしたが、
カナメの最後の言葉を聞いてさすがに動きが止まりました。



「君の国…とは?」

「ずっと遠い国…。だからソースケ王子も知らないと思う。あたし、これでもその国の王女だったんだよ?」

「王女…」



確かにカナメは気品があります。白いドレスもとても似合っています。

言葉遣いだけは少々王女様らしくないかもしれませんが、
それでもみなに愛されるような王女だったのだろうと…ソースケ王子は思いました。



「もう三年も前になるかな。突然レナードがあたしの国にやってきて…あたしを連れて行くって。
 何かと思ったら妻にするとか言い出してさ。もちろん父もあたしも断ったわ。だけど……」



断るのは当然というもの。しかしレナードは強硬手段というものに出ました。

カナメの父である王、城の兵士達…そして国中の民を次々と手にかけ、あっという間に国を滅ぼしてしまったのです。



「それならばレナードはなぜ君を白鳥の姿にするのだ? 仮にも、その…愛している君に…」

「あたしを手に入れるために人を殺す事はしても…あたしの気持ちに関しては無理矢理はいやなんだって」



残虐なようで妙に紳士的な魔法使いのようです。それでも国一つ滅ぼしてしまうほどの力の持ち主。
おそらくカナメに対しては優しい一面もあるのでしょうが、それ以外は冷酷なのでしょう。



「だからあたしを昼の間だけ白鳥にして他の男の人と会わせないようにしたのよ。
 あたしがいつか諦めてレナードと一緒になると言い出すまで…。白鳥の姿では誰も愛せないから…」

「それで三年も…。君にかけられた魔法を解く事は出来ないのか?」

「他の男の人に会わせないようにしたのは…あたしがその人を愛する事が出来ないというのも
 理由なんだけど…もう一つあるわ」

「もう一つの理由?」

「そう…もし、あたしを心から愛する人が現れたら…レナードにかけられたこの魔法が消えるから…。
 白鳥に恋をする人なんていないでしょ、普通?」



諦めたように静かに笑いながらカナメは言いました。



「ならば俺は普通じゃないのかもな」

「え?」



あの時のクルツの言葉を思い出してみましょう。





『まるであの白鳥に恋に落ちたってカンジだぜ?』





ソースケ王子は否定していましたが、あの時あの白鳥に心が惹かれいたのは事実だったのです。

そして人間だったカナメと出会い…。



「白鳥の君はとても優しい目をしていた。今もだ。まさか人間だったとは思いもしなかったが…
 俺はその白鳥の君に強く惹かれていた」

「………」

「カナメ。明日俺の城で舞踏会が開かれる。そこで俺は妃を選ばなければならない。俺は君を選びたい」

「な、何を言っているのか…分かって……?」

「もちろんだ。そこで誓いを立てれば君を心から愛しているという証明にはならないか?」



カナメは顔を赤くして背けました。



「君にかけられた魔法を解きたいんだ。もう…君以外の人を選ぶつもりはない。だから必ず来てくれ」

「あたしが行きたくても…レナードが許さないわ…。もう帰って。
 レナードが見ているかもしれない。何をされるか分からないわ」



もしレナードが見ていたら今ソースケ王子に何をされるか分かりません。

カナメは早くソースケ王子に帰ってもらえるようにと再び階段を上り始めました。



「カナメ…っ! 待っている。だから、必ず…!」



追いかけはしませんでしたが、ソースケ王子はもう一度だけ呼びかけます。



「………ええ…」



夜の間、人間の姿に戻れるカナメは…ここレナードの館で過ごしていました。
そして白鳥になってしまう昼間は湖へ出かけます。

決して閉じこめられているわけではありません。
ですから明日の夜ソースケ王子の城に行くのもそんなに難しい事ではないのです。

だからソースケ王子は信じていました。信じて、その場を後にしました。




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