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肌寒い秋の夜。少年は、ふと空を仰いだ。 満天の星空。あたりはひっそり閑として、時折冷たい風が吹きさらす。 ここはアフガニスタンの首都カブールからほどはなれた山岳地帯である。近くに人影はないが、暗闇のなかでいくつかのテントが浮き上がって見えた。 少年はゆっくりと腰を下ろし、焚き火をぼんやりと眺めた。 すると、ふいに背後から声がした。 「カシムや。晩飯が出来たぞ」 カリーニンである。 その銀髪初老の男は手に鍋を持っていて、それをカシムに手渡した。 「・・・・・・」 無言で鍋を受け取ると、その少年――カシムは、暫くの間鍋を見つめた。 芳しい香りとともに、もこもこと湯気を出すボルシチ。見るからに温かくて、美味そうではあるのだが・・・・・・ しかし、よく見ると湯気の形が骸骨に見えるような…そこまではいかなくとも、ちょっと黒ずんでいるような気がしてくる。 |
「どうした。食わないのか」
「・・・鍋ごと食えと?」
「そうだ。食わないと身が持たないぞ。さぁ食え」
食った方が身が持たない。
心の中で激しく抗議したが、あえて口には出さなかった。
そう。彼の作るボルシチは毒性作用が強すぎる為に、常人には摂取不可能なスープなのである。
最近までボルシチ研究を続けていたそうだが、その研究が遂に完成したらしい。
皮肉にも、それは余計に残酷な結果となったのだった。
とにかくまずい。まさに人命に関わるほどの毒性だった。
「では、ゆっくり味わうといい。おかわりはいくらでもある」
カリーニンは木製のスプーンを無理やり持たせると、くるりと踵をかえして去っていった。
「・・・・・・」
カシムはもう一度鍋を覗くと、ごくり、と唾を飲み込んだ。
もちろんそれは恐怖の対象を目にしたときに起こる生理現象であり、食欲の対象を見るときになるそれではない。
しかし。
実際、食べないで生き延びることが出来ないのは自明の理だ。
それどころか、彼ら…アフガンのゲリラ達にとっては毎日が生きるか死ぬかの戦いなのだから。
「くそっ」
カシムは観念したようにつぶやくと、仕方なくそのスプーンを口に運んだ。
数分後、彼はいつものように酷い吐き気と腹痛に襲われるのであった。
***
地獄の数日間を過ごした後、彼は思った。
ここにいてはだめだ。このままこの生活を続けたら、多分――
(俺は…死ぬ)
ここを出て行こう。
漠然と悟った彼の悲壮な決意だった。
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