好き。千鳥を。
…?
それが、なんだ。
今まで護衛の対象としてでもいっしょに学校生活を過ごしてきたし、
皆にも俺にもよくしてくれている彼女を嫌いになどなるわけがないのだから、好意をもたないわけがない。
ならばそれは至極あたりまえのことではないか?
だが、なぜ今俺はこんなにも混乱しているのか。起きて早々からこの頭のもやもやがどうも抜けきらない。
それも、あの男――クルツのせいに他ならないのだ。
「うほっ、カナメちゃんパンツ見えた!」
双眼鏡片手にデリカシーのかえらもない台詞をのたまうクルツの顔面を乱暴におしのけて、
彼はいつもどおり学校に向かったのだった。
「あ、おはよー…ソースケ。うぃ」
「お、おはよう千鳥」
マンション出てすぐ、低血圧モロ出しでなんともだるそうに歩く彼女。
低血圧魔人の彼女といえども他人から見て見目麗しい女子高生の類であるには間違いない。それはわかる。
朝日を受けてきらめく彼女の艶やかな黒髪、白い肌、とろんとした瞳…
なぜだかいつもなら気にも留めないところに目がいってしまう。
よくよく周りを見ると、通りすがりの男どもが彼女のほうばかり目を向けて――
「・・・・・・っ」
彼女の太ももをみて鼻を伸ばすサラリーマンが目に入った時は、一時の激情に駆られグロック19を抜きかけたが
ここは持ち前の冷静さを駆使して我慢。我慢。がまん・・・うむ。
「なしたの?ソースケ」
「・・・・・・いや」
「?」
懐の銃に手を伸ばしたまま髪をわかめのように逆立てる宗介、それを見ていぶかしがるかなめ。
どうにも彼の心の中にもやもやした違和感がとれない、そう自覚するとますますまわりの男どもが敵に見えてくるわけだ。
そして放課後――本日必要以上にデリケートな宗介にさらに追い討ち。
「好きです、カナメさん。僕と付き合ってください」
「はっ?」
放課後、夕暮れ、人気のない教室。
いかにもな雰囲気で、おそらくかなめの後輩――が千鳥かなめに思いを告げた。
思わぬ告白にひきつるかなめ。動揺するのも無理はない。
だって、宗介がすぐ側にいるのだから。
ドアの外からむわむわと禍々しいオーラが発せられている。どんよりと赤黒いオーラが。
それとは知らずにその男子は激しく彼女にアタックを始める。猪突猛進型だろうか。さらに一歩、かなめの方ににじり寄る。
華奢ながら整った顔立ち、どこかの事務所に所属していても不思議のなさそうな、いわゆる美少年というやつだ。
その瞳にまっすぐ見据えられれば大体の少女は心を奪われてもおかしくないのだろうが・・・
「あ、あのあの・・・ちょっとまって。いきなりどうしたの?」
「ずっと見てたんです、千鳥かなめさん。ミス陣高のパフォーマンス、素敵でした!生徒会の仕事でもいつも
お世話になって・・・ だから、その、もしよければ僕と――」
かなめの両手をとり、まっすぐに見つめる。
「つきあってくださへ ぶ !」
間髪いれずに宗介が背後から腕をねじり上げそのまま前に引き倒し、少年は教室の冷たい床に顔から突っ込んだ。
宗介はそのままの態勢で膝をつき、的外れの尋問を始める。
「貴様、何者だ。なぜ彼女を狙う?新手高校生スパイか?全て言え、吐け。
さもなくば――」
「ちょっとソースケ!!」
「言え、おまえの本当の目的を」
ぐっと掴んだ手に力を込める。うっ、と少年が小さく呻くも、次に宗介は予想外な言葉を聞いた。
「――彼女と一緒にいたいんです」
「何?」
「彼女のそばにいたいです」
「・・・・・・」
「好きなんです、だからそう思うのは当然でしょう?相良先輩」
そのまま宗介は動きを止めた。
いやむしろ、この続きを聞くのが怖くて、体が強張っているんだ。
「知らない・・・」
自分はきちんとした声を出せているのだろうか、冷静にみえるのだろうか。先ほどまでの、自信のような感情はあっと言う間に消え失せてしまうのが感じられた。
宗介は思わず手を緩め、少年はきっと宗介に向き直る。
「あなたはずるい」
「・・・なんだと?」
「いつも千鳥さんと一緒ですよね。
あなたが興味がないのなら、悪気のない僕は言いたい事を言っていいはずです」
後ずさりしそうな気持ちを必死で抑える。
――なんだ、この気持ちは?
この類の「まっすぐさ」をもつ人間は彼にとって脅威だ。
感情を当たり前に押し込めるのが常だった宗介は、それを自覚するには至らない。
はっきりしていた思考は、またもやもやと霧に閉ざされてゆく。
「よくわからない。悪意がないなら別に構わない。 すまなかった・・・続けてくれ。邪魔したな」
「ソースケ!!」
何だかもう分からない状態のまま、宗介は足早に教室を出、戸を締めた。
何故自分がこんなにもいま弱気な発言をしたのか。
しかし、彼女を守るための力も、知識も何もない一般人がこのとき宗介に与えた感情はきっと「恐怖」に違いなかった。
宗介はそのまま、廊下の壁に背を預けて座り込んだ。
ぐるぐるといろいろな思い、感情が脳内をかけめぐり、ぼんやりと宙を見つめて彼女を待った。
壁越しでも、中はやけに静かだ。それがやけに気になった。
***
「ソ−スケっ!」
はっとして見上げる。彼女のふてくされたような顔が視界いっぱいに広がった。
いつのまにかだいぶ時間が経っていたのか、それとも十分も経っていないのかもしれない、はっきりとした感覚が掴めない。
彼女の様子をみると用はすんだと見えるが――
「千鳥!」
「・・・何よ」
彼女はどこかばつが悪そうに宗介を見る。よく見れば、少し頬が赤いか?
「無事か?怪我は?」
「ないに決まってるでしょ」
「何もされていないか?」
「ないわよ」
「ほんとか?」
「ほんとよ」
「・・・・・・・・・その」
「なによ、文句あるの?」
「う・・・・・・」
一呼吸置いて、勇気をだして。
しっかり見つめて聞いてみた。
「きちんと断ったか?」
一瞬目を丸めたが、すぐに彼女は答えたのだった。
「そばにいるのはあんたで十分」
悪戯っぽい笑顔。
なるほど、彼女には到底かなわない。
確固たる根拠もないままぼんやりと宗介は思った。
END
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