雨の感傷

 

しとしと……しとしと……。 

 新緑も色深くなり、もはや深緑とさえ称せるような葉が青々と萌える季節。
 日本ではこの季節にこそ天からもっとも多量の恵みがあり、同時に、
 やや暑くなり始めた気候と相まって、人々に与える不快感を増大させる。

 

しとしと……しとしと……。

「遊びに行けなくなっちゃったね……」

 かなめは窓に張り付き、灰色の空を恨めしそうに見上げている。

深緑の葉は雨を受け、そして撥ね返し、その生命力を栄えるように見せ付けていた。

自分の気分とは正反対のその光景に、彼女は理不尽にも不快感を覚えた。

「仕方ないだろう……人間はしょせん自然には勝てぬのだ」

 そう応えつつ傍らに座っていた宗介は、起用に銃の分解整備を行っている。

 今日は休日。かなめと宗介は外に出かける予定を立てていたのだが、
 予報はずれのこの雨は、彼らをあざ笑うかのごとくその計画をぶち壊した。

 さすがに窓に張り付くのにも飽きたのか、かなめはベッドに腰掛けてボンタ君のぬいぐるみを抱く。

(昔は……そうでもなかったのにな……)

 そう思いながら、再び窓の外の光景に目を向ける。

 雨は彼女の心に針を刺したような傷みを与えた。

 

 かなめは雨の中ほぼ裸同然の姿で走っていた。

 姿を消した宗介の居場所を知るために。現在唯一自分の近くにいると思われるミスリル関係者、
 コードネーム『レイス』に直接接触する。それが残された今の自分にできる最良の策だと信じて。

 彼女の策は半分成功した。結果としてレイスに接触はできた。
 しかし、もう一組こちら側ではない――血液と硝煙の香りのする――世界の人間がやってきた。
 『アストラル』と称する小型のASを引き連れて。ただし、その彼はミスリルに対抗する側――つまり敵であった。

「はじめまして、千鳥かなめさん」

 宗介の上司である少女によく似た髪形をもつ男。自らをレナードと名乗りつつにこやかに近づき――そしてかなめは強制的に唇を奪われた。

 

 今、その相手はいない。だが、その記憶は確実に彼女の心に刻まれ、もはや二度と消えることは無い。

 キスを人工呼吸と混同している宋介のことだ。そんなことはまったく気にしていないかもしれない。しかし、たとえそうであっても……。

 かなめの胸がずきりと痛む。

「言えるわけ……ないじゃない!」

 ギッと歯を食いしばり、憎憎しげにそう言い放つ。その異変にさすがに気づいたのか、宗介はいぶかしそうに顔を上げた。

「む……どうした、千鳥?」

「い……いや、なんでもないわよ」

 自分の失態に気づき、慌てて顔に笑みを貼り付けた。

 宗介はしばらく彼女を見つめたあと、再び銃の整備に取り掛かった。

 かなめはいくらか安堵した。いまだ宗介が鈍感であるのか、
 それとも、少しは何かに感づき、あえて気づかないふりをしてくれたのか。彼のむっつり顔からは、今のかなめではそれを判別することはできなかった。

 

(雨か……雨はいい。自生の植物はよく育ち、敵の攻撃や索敵も一時中断する……。) 

 整備を続けながらも、宗介はそのようなことを考えていた。だが、何だろう。何か引っかかるものがある。

 普段は何かと忙しくて考える暇も無いが、今はのんびり銃器の整備などやっている。
 彼は整備を思考なしでできるので、幸か不幸か脳のメモリはスカスカだった。いつの間にやら記憶の海を探っている自分がいた。

 

しとしと……しとしと……。

雨は容赦なく大地に溜まり、水溜りを形作る。そこには途切れることなく波紋が広がっていく。

小型のマシンガンを担いで、とある洞窟の入り口にカシムは座っていた。
 もう一週間もここにいるだろうか、彼はいまだカリーニンと放浪を続けていたのだ。

雨の中の移動は無駄に体力を消耗する。サバイバルでは如何に無駄を切り詰めるかどうかが鍵であるので、
 この行動は正しい。ゆっくりと骨休みもできるいい機会だ。

だが、カシムの顔には破棄が無く、どこか陰気な雰囲気が漂っていた。

原因は周知のことであろう。

「カシムや、ご飯だよ」

 洞窟の奥から、おなべを抱えたカリーニンが登場した。

「いやいや……この一週間、本当によい機会だった。ボルシチも改良されて格段に味があがったよ」

 彼はそういいつつなべを下ろし、続いて腰も下ろした。

 その台詞は確かに正確である。この一週間カリーニンの作るボルシチはますます(まずさの)磨きがかかっていた。

 なぜ放浪の旅の途中で、大鍋やボルシチの材料があるのかはなはだ疑問で仕方なかったが、
 食料としてあるのだから食…………食べ…………

「うわぁぁぁぁぁ!」

 カシムは突如として立ち上がり、雨の中狂ったように逃走を図った。

 

 宗介の瞳は大きく見開かれ、顔面には冷や汗がびっしりと浮かんでいる。

「食えるわけ……ないじゃないか!」

 ギッと歯を食いしばり、憎憎しげにそう言い放つ。

「あ、ソースケ! 見てみて」

 幸いその台詞にかなめは気づかなかったらしい。嬉々とした様子の彼女は、窓の外を指差していた。

 それに従い、宗介は首をひねる。

 いつの間にやら雨は上がり、うっすらと陽の光が差し込んでいた。

「もう遊びには行けないけど……夕ご飯の買い物に行こっか?」

 宗介は一も二も無くうなづいた。断る理由はかけらも無い。

 

二人はマンションを降りて連れ立って歩く。ふと顔を上げた宗介は目を見開いた。もちろん今度は別の理由だ。

「千鳥……」

「何、ソース……きれい……」

 雨上がりの空には見事な虹がかかっている。それを見ながら、宋介は再びかなめに呼びかける。

「千鳥」

「今度は何?」

「ボルシチとやらを作れるか?」

「ボルシチって、ロシアの赤いスープよね。たぶんできるけど……食べたいの?」

「ああ、ぜひ頼む」

 このような会話をしながら、二人は楽しげに虹のかかる方向へと歩いていった。

 

 その夜、宗介はかなめの作った『まともな』ボルシチに舌鼓を打ったとか……。

 

(終)

 

 









あとがき

 

お久しぶりです、yoshiです。

はい、またやってしまいました。ソーカナなのか、ギャグなのか微妙な線引きの話を。

しかもまたボルシチ……yoshiはよほどこの赤いスープに魅力を感じているようです。

ここのカリーニンとカシムは、言うまでも無くクロギュさんの設定ですね。あの絵をぜひご想像ください。(笑)豚を書きたかった……。

 それでは、また機会がありましたら、次回も読んでくださるとうれしいです。では。

 




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