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あらすじ

カシムはカリ―ニンの作る殺人ボルシチから逃れるため、家出した。
夕食のために豚を捕まえた直後、彼はガウルンに出会う。
そこで、ガウルンに本物のボルシチを食べさせてもらおうとしたのだが、
紆余曲折を経て結局カリ―ニンのもとに戻ったのだった。
一緒にいたぶたを一匹引き連れて。

(プルメタ創刊号参照)

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「…食え。エサだぞ」

「ぷぎゅるっ」


カシムが(ボルシチ以外の)残飯を差し出すと、そのぶたは美味しそうにぱくついた。

嬉しそうに鼻を鳴らすぶた。つぶらな瞳をうるうると輝かせ、カシムにこう言った。


「ぷぎぃ(本当にうまいよ、ありがとうカシム)」

「そうか。それはよかった」


言語翻訳云々ではなく、むしろテレパシーに近いようなコミュニケーションを交わす。

共に死線をくぐり抜けた仲であるから当然といえば当然なのだが、彼らの間にはなにやら得体の知れない強い絆が築かれていたようだった。

やおら、カリ―ニンが後ろでぼそりと呟く。


「……なついているようだな」

「……」


カシムは頬を赤らめて押し黙った。


「確か…その豚を夕食にするとか言っていた気がするのだが」

「む」


そうだった。最初はカリーニンの殺人ボルシチから逃れるためにこのぶたを捕まえて――

とてもではないが、今はそんなこと絶対に出来ない。たとえ自分がボルシチの餌食になったとしても。

その胸中をどこまで読み取ったかどうか、カリーニンはこう言った。


「仕方ないな。では、今日もボルシチにするとしよう」


ゲフッ


カシムはたちまち血を吐いた。拒絶反応だ。


「カシム…最近よく吐血するようだが。大丈夫なのか?」

「気にするな。…それより今日は俺に作らせてくれ」

「何を言う。そんな体で料理するなどもってのほかだ。少し休んでいろ」

「俺が作らないと…もっときついことになる」

「いいのだ、カシム。無理することはないぞ」


ぽん、と肩を優しく叩いて、おたまを片手に去ってゆく。

こんなに痛い優しさがあっただろうか。


(いいかげん気付いてくれ…)


ぐったりと地に倒れ伏す。ぶたは慰めるように、彼の頭を鼻をで触った。


「ぷぐ・・・ぷぎゅー」

「いや。いいんだ。俺が耐えれば、おまえは無事で済むのだからな」

「ぷぎゅ…ぎゅっ」


ぶたは切なそうに鳴き声を漏らす。


「少し・・・休む」


そのまま、カシムは目を瞑った。



だが、問題はこれだけではないのだ。

もっと重要で、深遠な課題が彼の眼前に迫っていた。







***




数日経った、ある日の午後。



「……っ!!」


カシムは腕を押さえて岩陰に飛び込んだ。

は、は、と荒く息を吐く。額からは汗と、腕からは血が滲み出していた。

岩陰の向こうからは銃声や爆発音が轟いている。

そうだ、これが問題だった。俺の生きている場所。

あいつにはまったく相応しくない。


「カシム。やはり、あの豚は放せ」


カリーニンが言ったその言葉は、いつになく重く響いた。





その晩。

彼の腕に包帯を巻きながら、カリーニンはもう一度言った。


「カシム。もう放してやれ」

「……」


カシムは目を伏せた。

わかってはいるが、やはり辛い決断だ。胸の奥がずきりと痛んだ。

神妙に彼の様子を見つめると、少し間を置いてからカリ―ニンはこう付け加えた。


「それとも、ボルシチの具にしてみるか」

「放す」


即答だった。







***








『名前は付けたのか』

『…いや』

『なら、いい。無駄に愛着が沸いてしまう前に、放したほうがいいのだ。
では行ってこい』

『……』






彼らのキャンプから少し離れた森の中。朝焼けの光が木々の隙間から差し込み、木々の擦れる音だけがあたりに響く。

カシムは、ぶたの頭に顔を近づけ、その頬に手をやった。



「ここでお別れだ。いい飼い主が見つかるといいな」

「ぷぎゅっ…ぷぎー(あんた以上にいい奴はいないんだ…カシム)」

「俺も同じだ。おまえ以上にいいぶたはいないと思う。
 …でも、だからこそ一緒にいるわけにはいかないんだ」

「ぷ・・・ぷぎゅ…(カシム…)」

「生きていればまたいつか会えるだろう。新しい出会いも、そう悪いものではないぞ。
 ……では、行け。俺も行く」

「ぷぎゅっ(…ああ)」


二人は同時に背を向けた。

振り返らずに、ぶたはつぶやく。


「ぷぎゅー。ぷぎっぷぎっ(俺、おまえを忘れないよ)」

「俺も忘れない。いつでも、どこにいてもな」



そういって、二人はもといた場所へと還っていった。









***











「あっ!!おまえ、あのときのぶたじゃねぇか!?」

「ぷぎゅっ!!!」


その森の中で、彼らは遭遇した。

ぶたもガウルンも驚きを隠せない。



「ぷ・・・ぷぎー(な、なんでおまえがここに)」

「おまえこそなんでこんなとこにいるんだ。カシムはどうした?」

「…ぷぎゅる(カシムとは別れた)」

「そうかそうか。くっく。いいよ、実にいい。俺が飼うことにしよう」

「ぷぎゅるー!!(いやだ。やめてくれ!!)」


ガウルンは、たちまち逃げ出そうとするぶたのしっぽを強引に掴み寄せた。


「そうだな…名前は」


ぶたがごくりとつばを飲む。

一拍置いて、彼は宣言した。





「『カシム』」







『ぎゅぶ!!』
『がはっ!!』






10キロ離れた二人は、まさに同じタイミングで血を吐いた。





「よーし。じゃあ帰ろう。たっぷりかわいがってやるぜ…」

「ぷぎゅ!ぷぎゅ!!(いやだ!やめてーーーーー!!!)」




「げほっ!!げほっ!!・・・っぐ・・・やめ・・・・・・!」

「どうした、カシム。今日のボルシチはそんなにうまいか」

「…ち・・・が…っ……」


地に這いつくばりながらも、彼は確信した。何かうすら寒いものを感じる。

このボルシチのせいではなくて、別の何か――そう、あのぶただ。何かが起こっているのだ。

彼の直感はそう告げていた。







なるほど、彼らの絆は予想以上に深いものだったと言えよう。










FIN






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なんか続きそうですが、読みきりなのでとりあえずおしまいです



る。












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