毎日のように陣代高校でドタバタを繰り返していた日々は、既に遠い過去。

何年前だっただろうか?



それが、どういうわけか今では――

「カナメ、どうした?」
「あぶー」
「ぶぶ?」

目の前にいるのは宗介と、宗介そっくりな子供五人。
さも当たり前のように同じ家で朝食をとっているこの生活は、過去の自分には到底想像できなかっただろう。

「うーん…」

かなめはしばしばこんなことを考えるが、その度になんだか気恥ずかしいような嬉しいような、複雑な気分になるのだった。


「ふふ」
「なぜ笑う?」
「べ、別になんでもないわよ!」
「そうか。ところで、カナメ」
「ん?」
「塩が7粒多い」


ばこん!!

さっきまで目玉焼きが入っていたフライパンを手にして、その後頭部に無慈悲な一撃。


「…………」
「犬の分際で生意気なこと言うんじゃないわよ」


あくまで無表情のまま、かなめは言った。
後頭部を両手で押さえてテーブルに突っ伏す宗介に、五人の子供達はわらわらと寄ってくる。


「あぶー(ばかだー)」
「あぶぶ!!(失礼にもほどがある!!)」
「あっぶぶ(そりゃないぜ、宗介)」
「……せめて父親扱いしたらどうだ…」


とはいってもこの痛みには納得できた。
カナメの手料理を毎日のように摂れるのは幸せなことこの上ないが、長年続けてきたこともあって彼の味覚も肥えてきた。
昔はまだ疎かったところもあるだろうが、最近は全く違う。
今、仮にカリーニンのボルシチを食べたとしたら一瞬で食死できる自信がある。

だが今回は、やはり少し度が過ぎたようだ。宗介は流石に反省した。




翌日の朝――



「…カナメ。昨日はすまなかった」
「いいのよ、別に。あたしが料理ヘタなだけだしね」
「違うんだ。その…」
「いいの。ごめんね、ソースケ…ちょっと疲れてて、塩入れすぎちゃった」
「いや、そんなことは――」
「でもさ、今日は頑張ってみたから…その。ごめん」
「う…」


エプロンをしたかなめは、上目遣いに彼の目を見つめる。
普段見ない彼女の表情と、その素直さに思わずたじろぐ。


「これ、食べてね」


見慣れない円形の深い皿。
味噌汁にスナック状のペットフードと、ビーフジャーキのくずみないなものがゆたっている。
その奥に見え隠れする黒い触角のようなもの。
宗介は、脂汗を浮かべてごくりと唾を飲み込んだ。


「……」
「食べてね」
「す…まない。だから――」
「ごめんね、ソースケ。あたし、これからも頑張って作るから」
「わかった。すまなかった。だが犬のエサというのはさすがに」
「いいでしょ?ピッタリよね!!」

がしょん!!と皿を乱暴に置いてつかつかとキッチンの奥に消えていくかなめを眺めてから、
宗介はまたテーブルに突っ伏した。

「…………」
「あぶー(宗介、元気出して)」
「あぶ!(ママは怒りっぽいけど、すぐに直るよ!)」
「…そう、だといいな」
「あぶっぶ(ほら、これ食べて元気だしなよ)」


父親想いの、意外と優しいところもあるようだ。
少しばかり元気が出た気分になって、味噌汁に浸ってふやけたビーフジャーキーのかけらをもぐもぐと食べてみた。
たちまち子供は喜んだ。





父親どころか、人間扱いもされいてないことに今更気付いた。






2004/05/18
虹ネタで、わりとどうでもよい小話です。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送